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社説・コラム

天風録 「ある北大生の受難」

 日中戦争が始まると、外国人教師の外出を憲兵や特高警察が尾行したという。私たちは護衛兵がいるから安全ね―。教師たちは皮肉ったと「広島女学院百十年史」にある▲北の大地では一学徒が失意の果てに死に追いやられた。米国人教師夫妻と親交を深めたがゆえ、日米開戦の年、軍機保護法違反に問われた北海道帝国大生の宮沢弘幸氏。夫妻の姓に続けて「レーン・宮沢事件」と呼ばれる▲漏らした機密は、例えば根室の海軍飛行場。だが、かのリンドバーグが空より降り立ち、世界に打電された地ではないか―。亡き上田誠吉弁護士が「ある北大生の受難」を著し、冤罪(えんざい)だと暴くのは宮沢氏の病死から40年後▲広島女学院の外国人教師たちは、宮島遊山にも当局の許可が要った。山頂に日露戦争の砲台跡があったからか。上田弁護士の著書には、その程度は秘密にならぬ、という当時の国会答弁もある。誰が定めた「機密」だろう▲特定秘密保護法案は修正協議を経て、原則30年の指定期間が最長60年に。しかもそれを超えてなお公開しない例外がある。何が秘密か、それが秘密なんだ―。事件の判決文から探す苦労をした、硬骨の法曹の口癖だったという。

(2013年11月24日朝刊掲載)

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