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社説・コラム

ホロコースト体験の継承 作家エヴァ・ホフマンさんに聞く 第二世代の役目 ヒロシマと共通

被害・加害直視し対話を

 ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺(ホロコースト)から生還した両親を持つ世代として、体験継承に思索をめぐらせてきた英国在住の作家エヴァ・ホフマンさん(68)がこのほど広島市を訪れた。人類史に刻まれるべき過去を、どう風化させず引き継いでいくべきか。被爆地に共通する課題について聞いた。(聞き手は論説委員・金崎由美、写真・福井宏史)

 ―著書でホロコーストの「第二世代」としての葛藤の軌跡を記していますね。
 ポーランドのユダヤ人だった両親は農家の納屋にかくまわれながら生き延び、戦後は反ユダヤ主義から逃れようとカナダに移住しました。過酷な体験による心理的なトラウマに終生苦しみました。

 そんな親を持つのが私のような第二世代です。ホロコーストをわがことと捉え、語り継ごうともがきました。しかし親の記憶を自分に移し替えることはできません。結局何も理解できていない、と長い間思い詰めていました。

 ―どう乗り越えようとしたのですか。
 親の苦悩を知る人間として、葛藤しながらも体験を継承していく。それ自体に意味がある、という気付きです。第二世代として過去と向き合えばいいのだと。

 体験者よりも少々引いた視点から過去を見つめることができるはずです。一人一人の体験をしっかりと受け止め、それをより広い歴史の文脈の中で位置付ける。両親たちが抱えるトラウマを「変換」し、記憶を共有する役割です。私は作家ですから、文学という手法を通して試みています。

 ―広島訪問は初めてだそうですね。何を感じましたか。
 被爆者の小倉桂子さんと会い、米国で証言した際の体験を聞きました。「原爆は(戦争終結に)必要だった」と猛烈な反発に遭ったそうです。米国に住んできた者として衝撃を受けるとともに、なおも語る姿勢に胸を打たれました。

 ホロコーストと比べ、いまだ体験を語っていない人は多いという印象も受けました。被爆2世には、もっと証言に耳を傾け、ストーリーを掘り起こしてほしい。

 ―被害側と加害側が過去をめぐり率直に対話する意義を強調していますね。
 ドイツの第二世代にとって、両親と祖父母を倫理的に批判することを意味する。つらい作業です。それでも市民によるユダヤ人との対話が積み重ねられてきました。一方、ポーランドでは事情が違います。

 第2次世界大戦の被害者であるポーランド人も、ユダヤ人にとってはナチスへの密告者という不信感を差し向ける対象でもありました。しかし、冷戦期は両者の対話の窓が閉ざされたままでした。ここ数年は、相互理解に向けた変化をかなり感じています。

 ―被爆地でも対話の大切さは変わらないでしょうか。
 もちろんですが、被害と加害が明確に分けられるホロコーストよりも複雑です。被爆者はあくまで被害者でありながら、日本は戦争責任を問われてきた立場だからです。とはいえ、特に被爆者が加害と被害の両面から語れば、倫理的な説得力は強い。良心として相手の心に強く働き掛けることになります。

 ―真の率直な対話は、日米間ではそう簡単ではなさそうです。
 加害側は一面的に政治化した歴史観から離れ、過去の行いと責任を認める。被害者の側は、相手に対する恨みを直視する。悲惨な過去を政治利用する危うさは、こちらにもあると自覚するべきです。

 双方に痛みを伴いますが、「だれが行ったか」を避けてはなりません。そこから「何が起こったのか」をめぐる共通の対話につなげていくのです。日米の若い世代に模索してほしいと思います。

エヴァ・ホフマン
 45年ポーランド・クラクフ生まれ。13歳の時に家族でカナダに移住。米ハーバード大大学院で博士号取得。79~90年ニューヨーク・タイムズ紙の書評編集を担当し、作家活動に入る。著書に「記憶を和解のために 第二世代に託されたホロコーストの遺産」(みすず書房)など。

(2013年11月28日朝刊掲載)

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