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社説・コラム

『言』 ベトナムへの原発輸出 地元の声 抑圧されたまま

◆京都大大学院准教授・伊藤正子さん

 福島第1原発事故の収束さえ見えぬまま、日本は官民挙げて原発を海外へ売り込んでいる。輸出先には今年、外交関係樹立40年のベトナムも。だが同国では情報が統制され、国民が声を上げにくい状況という。ベトナムの国情に詳しい京都大大学院の伊藤正子准教授(49)に問題点を聞いた。(論説委員・田原直樹、写真も)

 ―日本が受注した原発の建設予定地を昨年訪ねたのですね。
 中南部のタイアン村です。村があるニントゥアン省は現金収入の面では貧しく、リゾート開発に成功した隣の省とは対照的。沿岸部に広い土地が乏しく、用地確保のため村民を強制移住させる予定だと聞きました。また海岸の一部は絶滅が危惧されるアオウミガメの生息地。懸念されます。

 ―建設される原発の規模は。
 約1兆円かけて発電能力100万キロワットを2基造るそうです。グエン・タン・ズン首相は「絶対に事故の起きない原発を輸出してくれる」と強調していますし、政府は日本の原発PR映像をテレビで流しています。2030年までに14基造るといい、暗たんたる気持ちになります。

 ―現地の村人の反応は。
 「国の決定なら仕方ない」と諦めたり、「安全だろう」と楽観視したり。農漁業をほそぼそと営む村民はインターネット環境を持たず、原発に関する情報は入ってきません。移住先は2キロ足らずの地。夢の街をうたう看板が立っていました。

 ―反対運動はないのですか。
 言論、集会の自由を制限するなど共産党が締め付けているようです。新聞やテレビも、政府に都合の悪い情報は自由に流せない。ドイモイ(刷新)で経済は開放されましたが、政治状況はあまり改革されていません。

 一方、ネットで福島の現状を知った都市の知識人の一部が、安全性や必要性に疑問を深め、ブログで発信しています。

 ―日本への抗議行動もあったそうですね。
 有名なブロガーのグエン・スアン・ジエンさんが昨年、日本に抗議する署名を呼び掛けました。600人以上が賛同しましたが、妨害に遭って呼び掛けを削除させられました。それでも抗議文を日本政府へ送ったのですが、無視されています。

 知識人らの動きは弾圧され、貧しい現地住民は原発の情報さえ得られない。他の国で見られるような反対運動が起きないわけです。言論が制限された状況から目をそらし、原発輸出を進めるのは罪深いと思います。

 ―ベトナムはなぜ原発を推進するのでしょうか。
 不足気味の電力の8%を原発で賄うと政府はいいます。それなら水資源が豊かですし、石炭、油田など資源もある。しかも沿岸部では風力発電が有望で、実際にドイツは政府開発援助を出しています。

 日本が売り込む原発にベトナム支配層が力を入れるのは、利権で私腹を肥やしたい思惑があるのではないかとささやかれています。また、政府は表だっては言いませんが、中国への対抗上、核技術を蓄えたいとの狙いがあるのかもしれません。

 ―計画の進行状況は。
 先行するロシアの原発建設計画は、閣僚が「建設費の見当がつかない」と言い、遅れそうです。ベトナムの技術者もまだ足りない。数年後に着工予定とされた日本の計画も微妙です。

 建設に向けた現地調査は、日本原子力発電(原電)が請け負いました。通常数億円で済むといわれる調査に、日本政府は公的資金を20億円つぎ込み、さらに復興予算から5億円足しました。原電を助けたい意図がうかがえるようです。

 ―安倍晋三首相は政権発足後の1月、まずベトナムを訪れましたね。
 対中国の包囲網をという意図でしょうが、言論の自由を抑圧するベトナムを「理念を同じくする国」と言いながら訪問しました。特定秘密保護法案を進める現在の姿勢と、どこか重なるものを感じます。

 「過去にふたをして未来に向かおう」というベトナム政府の理念は、経済的利益のために掲げたのでしょう。しかし日本が真の友人なら、原発輸出の前に、政治面での改革も進めるよう助言すべきです。

いとう・まさこ
 広島市安佐南区生まれ。東京大大学院総合文化研究科で博士号取得。大東文化大准教授を経て、2006年から京都大大学院アジア・アフリカ地域研究研究科へ。専門はベトナム現代史。著書に「戦争記憶の政治学~韓国軍によるベトナム人戦時虐殺問題と和解への道」(平凡社)、「民族という政治~ベトナム民族分類の歴史と現在」(三元社)など。

(2013年12月4日朝刊掲載)

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