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社説・コラム

『論』 標識の英語化 おもてなし考える契機に

■論説委員 東海右佐衛門直柄

 「ヘイワ・オードーリ、ドコデスカ?」。40代くらいの外国人カップルに、たどたどしい日本語で道を聞かれたことがある。

 「あっちですよ。もうすぐです」。日本語で答えたらすごくうれしそうな顔をされた。慣れない外国語が通じた喜びもあったのだろう。「アリガトー」の言葉を返され、こちらの心も温かくなった。

 「ピース・ブールバール ドコ?」。もしこう聞かれていたら、スムーズに答えられていただろうか。

 「Peace Boulevard」は、英語で広島市の平和大通りを指すという。地元でも知っている人は少数派だろう。質問されても意味が分からず、店名だと勘違いする人も多いかもしれない。

 国土交通省などは観光戦略の一環として、来春までに広島市中心部の58カ所の道路標識を見直す方針という。従来はローマ字と英語が混在していた。外国人留学生の意見も参考にし、主に英語表記へと改める。

 日本語に不慣れな外国人にとって、親切ではある。ただ肝心の外国人からの異論もあるようだ。広島市中区紙屋町の書店兼バー「アウトサイダー」で米国人客に聞いてみた。

 中区に住む会社員オースティン・クタラさん(39)は「標識の意味が分かりやすくなる」と歓迎する。一方、廿日市市の英会話学校講師トラビス・イングラムさん(32)は「広島の人が分からない単語になぜ変えるの。日本人と外国人が別の名前で呼ぶことがいいの?」。

 外国人にとって分かりやすい表記は重要だろう。ただ地元の日本人になじみの薄い英語の標識が増えれば、外国人と日本人のコミュニケーションがかえって難しくなる面もあろう。日本人には「ヘイワ・オードーリ」の方がはるかに答えやすい。

 また外国人にとって、現地の言葉を少し学び、地元の人と交流をすることは旅の妙味。道路の呼称が日本人と外国人で異なっては、混乱が生じる可能性もあろう。

 つまり小さな標識でも英語とローマ字を併記するなど、外国人と日本人の意思疎通を促す視点も大切にすべきではないか。併せて、英語だけでなく中国語や韓国語、フランス語など観光看板の多言語化の取り組みも欠かせまい。

 49年前の東京五輪では、トイレや非常口の案内サインが考案され、世界中に広まる契機となった。7年後の東京五輪に向け、こうした絵文字やサインをさらに磨くことはできないだろうか。

 例えば、米国ボストン市では、主要な観光名所を巡る歩道の上に、赤色の線が引かれている。「フリーダムトレイル」と呼ばれ、観光客はその4キロの線を目印に、そぞろ歩きを楽しむ。地元の人も道を聞かれたとき「赤の線に沿って5分くらい」などと答えやすい。周辺には、休憩できるカフェやベンチも並ぶ。シンプルな1本のラインが、観光客の利便性と地元との交流に役立っているのである。

 政府は、外国人観光客を倍増させる計画を掲げる。原爆ドーム(広島市中区)と厳島神社(廿日市市)という二つの世界遺産を持つ広島は、絵文字やサインの工夫で、もっと観光客を呼ぶ街になることができるのではないか。

 また広島の魅力向上へ、ぜひ提案したいのが市民ボランティアの強化である。

 日本人の親切な心遣いは世界に知られるが、外国人との交流に消極的な風潮もある。地図を片手に困っている国内外の観光客に、話し掛けるボランティアを増やしたい。

 「広島の街と人は親切」。直接の交流を通じて、そんな印象を持ってもらうことが重要だろう。それこそ、標識の英語化よりも大切な「おもてなし」に違いない。

(2013年12月26日朝刊掲載)

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