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社説・コラム

『記者縦横』 被爆2世 記憶継ぐ役割

■ヒロシマ平和メディアセンター・増田咲子

 「後の時代に生きる者が、過去の出来事を『知恵』に変えていく重要な役割を負っている」。原爆詩の英訳をライフワークとする津田塾大教授の早川敦子さんの訴えだ。

 「広島・長崎の記憶の継承」をテーマに今月7日、広島市内であったシンポジウム。基調講演をする予定だった早川さんは急病で欠席したが、原稿は代読された。その一節が、忘れられない。

 被爆2世として何をすべきか。そのヒントが示され、背中を押されたような気がしたからだ。

 母は5歳の時、爆心地から約2・3キロの三篠本町(現西区)の自宅で被爆した。けがはなかった。しかし、歯茎からの出血や下痢に苦しみ、原因不明の高熱と吐血で、一時は、医師から死の宣告を受けた。

 私は今、記者として、小中高生のジュニアライターと一緒に、被爆者の証言を聞いている。何を思い、どのように暮らしてきたのか。若い世代に何を伝えたいのか―。

 友達を助けられなかった悔い、「原爆はうつる」など、いわれなき差別を受けたこと…。誰にも触れられたくない、つらく悲しい記憶を親しい人以外に初めて話してくれる人も多い。「戦争の愚かさを若者に知ってほしい」との思いを強く感じる。

 早川さんは「過去を受け止めようとする人間の意志が、記憶をつむぐ」とも指摘している。母の思いも含め、被爆者の体験を書き留め、発信し続けることで、その役割を果たしていきたい。

(2013年12月30日朝刊掲載)

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