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社説・コラム

社説 米の盗聴自粛 監視国家への反省こそ

 国際社会が超大国に浴びせる厳しい目を、さすがに意識せざるを得なかったようだ。

 オバマ米大統領が情報収集活動を一定に縮小する改革策を公表した。国家安全保障局(NSA)が市民の膨大な通話履歴の収集に加え、ドイツのメルケル首相ら外国首脳の電話を盗聴したとされる問題を踏まえた。

 米中央情報局(CIA)のスノーデン元職員が持ち出した機密ファイルを基に告発したのが発覚のきっかけだ。当初は問題ないと開き直っていた米政府が姿勢を転換した格好になる。

 9・11以降、テロ防止を理由にプライバシーを度外視し、肥大化してきた過剰な情報収集への歯止めとなるだろうか。

 大統領自らの演説で改革策を示したのは事の重大さの表れだろう。ポイントは二つある。

 まず同盟国や友好国の首脳を標的にした盗聴などは原則実施しないとしたことだ。メルケル首相への盗聴疑惑が発覚後、欧州で米国批判が噴出して貿易交渉にも響く事態に陥ったのは相当の痛手だったに違いない。

 もう一つは電話通信記録の収集活動の縮小や規制強化である。これまでの履歴もNSAが保管する体制を見直し、政府以外の管理に移すほか、照会には司法機関の事前許可が必要なように変えるという。昨年末にワシントンの連邦地裁がNSAの行為を「違憲の疑い」と判断したのも大きかったようだ。

 オバマ氏はかねて掲げる「透明性の高い政府」に立ち戻ったつもりなのだろう。だがテロ対策や情報収集をやめるわけではない。プライバシー保護との両立が本当にできるのか。集める情報の扱いにしても、具体的な見直し方法はこれからである。

 監視対象とされてきた国々にも改革の先行きを危ぶむ声がある。信頼を取り戻すには、何より実効性が求められる。

 ロシア亡命中のスノーデン元職員の扱いも問われよう。米当局は機密漏えいの重罪で訴追したが、市民や国際社会からすれば行き過ぎを暴露してくれた功労者ともいえる。その行為に理解を示す空気が米国でもじわじわ勢いを増しつつあるという。

 日本も決してひとごとではないはずだ。NSAによる情報収集の対象国になってきた。そんな指摘があるだけではない。政府与党が昨年、強引に成立させた特定秘密保護法とも関係してくる話である。

 機密の管理を徹底して漏えいを厳罰化すれば、同盟国と軍事やテロの情報を共有できる―。そこに法律の狙いがあるのは明らかだろう。安倍晋三首相が「国民の安全を守る法律」と繰り返すのも、そのためだ。

 情報はしかし、もらうばかりではない。「特定秘密」の外国への提供は可能と法律に明記した点を忘れてはならない。米国の諜報活動と既に一体化している英国のように、超大国の情報収集態勢に組み込まれることを前提にしてはいないか。

 現に日本にも本格的な諜報機関を置け、という声が与党にある。そうした視点の議論が尽くされてきたとは思えない。

 情報の電子化とインターネットの普及で権力側の監視網は急速に強大化した。オバマ政権の改革策を反省の契機とすべきである。日本としても「スノーデン以前」に戻らないよう、歯止めをかける側に回りたい。

(2014年1月19日朝刊掲載)

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