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社説・コラム

社説 岸田外相の核軍縮講演

「廃絶」との矛盾 明らか

 自国の安全保障を米国の核兵器に頼る。わが国の基本スタンスを考えれば当然の発言とみる向きもあろう。しかし被爆地からすれば違和感が拭えない。

 核軍縮・不拡散をテーマに、岸田文雄外相がおととい長崎市で講演した。引っかかったのは核兵器保有国に対し「使用は極限の状況に限定するよう宣言すべきだ」と促したくだりだ。

 万一の使用を前提に核兵器の温存を認める。その考え方は、廃絶の訴えとは相いれない。

 「核兵器のない世界」の実現が被爆地広島出身の自分のライフワークだ―。講演冒頭の外相の自己紹介も、これでは聞く人に響かなかったのではないか。

 今回の講演で岸田外相は、不拡散分野で「三つの阻止」、軍縮では「三つの低減」を提唱した。このうち「核兵器の役割の低減」の項目がそれだ。

 具体的には、保有国に対し核拡散防止条約(NPT)を順守する非保有国への核兵器の使用と威嚇をしないよう求めた。続けて「少なくとも、それを個別的・集団的自衛権に基づく極限の状況に限定するよう宣言すべきだ」と述べた。

 実は、米国が2010年に公表した核戦略の新指針「核体制の見直し」に同様のくだりがある。「核兵器の使用を検討するのは極限の状況でのみ」とし、「NPTを順守する国には核攻撃を行わない」と明記した。

 すなわち今回のスピーチは、世界最強の核保有国で、日本の同盟国でもある米国の考えを忠実に踏襲している。おそらく、外務省の官僚が草稿を書いたのだろう。

 核兵器の役割を減らそうという発想は確かに、核軍拡競争に明け暮れた冷戦時代に比べれば大きな前進ではある。だが、わずか1発でも強大な威力を有する今日、その出番を限定するからといって、人類が核の恐怖から解放されるわけではない。

 むろん核・ミサイル開発を放棄しない北朝鮮をはじめとする東アジアの国際情勢が、米国の核兵器の役割を逆にクローズアップさせてきた面は否めない。

 中国にしても昨年発表した国防白書では、核兵器を相手より先に使わないという「先制不使用」の文言が消えた。岸田外相が今回、保有国に対して核軍縮の多国間交渉や透明性の確保を求めたのも、中国を強く意識してのことだろう。

 とはいえ、不安定な地域情勢を、廃絶が進まない言い訳にしているように聞こえてしまう。せっかく長崎で講演したのだから、核なき世界へのビジョンを雄弁に語ってほしかった。

 米国の「核の傘」は廃絶の妨げにほかならない。ただ、その下に居ながらでも同盟国に直言できることはあろう。例えば明確な核先制不使用宣言を求めることもその一つではないか。

 スピーチで外相は核兵器の非人道性に触れ、それが廃絶に向けて国際社会を結束させる触媒になるべきだとも語った。それでも全面禁止条約を求める国際潮流に言及しなかったのは、不自然ではなかろうか。

 4月には広島市で、非保有12カ国による軍縮・不拡散イニシアチブ(NPDI)の外相会合が開かれる。今回の講演が示した日本政府の廃絶への消極姿勢が議論の土台となれば、多くは望めなくなる。岸田外相の奮起に期待したい。

(2014年1月22日朝刊掲載)

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