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社説・コラム

『潮流』 テヘラン市民の愚痴

■論説委員・金崎由美

 2年余り前、イラン外務省主催の国際会議に出席する機会を得た。テヘランで乗ったタクシーの運転手に、日本語で話しかけられ驚いた。日本とイランがビザ免除の相互協定を結んでいた1980年代、関東にいたことがあるという。

 「物もお金もイランに入ってこない。値段が上がって大変。みんな生活は苦しいよ」。核開発問題をめぐる制裁が長引き、国内経済は相当に疲弊しているようだった。「暮らしが楽になればいいですね」と応じながら、タクシー料金を少々上乗せして支払った。

 国際会議は、自国の核開発が平和目的なのだとアピールする狙いだったようだ。だが、成功したとは言いがたい。

 政府高官は夕食会の席で「私は朝食で重水を飲み、昼食はイエローケーキ(ウラン精鉱)を食べている」と冗談を飛ばしていた。核開発に固執する意思だけは伝わってきた。

 昨年、保守穏健派のロウハニ政権に交代したイランは一転、米国など6カ国との合意に基づいてウラン濃縮活動の制限などに着手した。核開発の透明性を高める一歩といえる。対する欧米は段階的に制裁の手を緩めるという。

 あの運転手も今頃、期待を膨らませているかもしれない。とはいえ最終的な解決まで曲折が続くはずだ。

 国際会議の閉幕後、インドの元外交官から聞いた一言が印象に残る。「イランは核拡散防止条約(NPT)に加盟したゆえ『違反』を責められる。わが国は誤った選択をしなかった」。はなからNPTに背を向け、核兵器を保有した自国を正当化してみせた。

 核武装には走らないと国際社会に誓うことが、市民の利益にもかなう。そんな前例となってほしい。条約の枠組みにとどまる選択は誤っていた、と多くのイラン人が思うような結末になるなら困る。

(2014年1月25日朝刊掲載)

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