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社説・コラム

『潮流』 ヒトラー「復活」か

■ヒロシマ平和メディアセンター編集部長・宮崎智三

 追い詰められて自ら命を絶ったはずのアドルフ・ヒトラーが、なぜか現代のベルリンで目を覚ます―。話題の小説がようやく日本でも発売された。「帰ってきたヒトラー」(河出書房新社)である。

 本国ドイツでは電子書籍なども含め130万部を販売。38カ国での翻訳や映画化も決まった。風刺小説だから認められたそうだが、ヒトラー復活の本が出せるとは信じられない。ドイツでは今も、ヒトラー礼賛はタブーだからだ。

 「あり得ない設定」という違和感は消えないが、意外に面白い。まさかヒトラー本人とは思わず、そっくりの芸人と思い込む周囲の人々とのずれ。そんな様子が動画サイト「ユーチューブ」で公開され、人気を呼ぶ―。

 読者はヒトラーを笑ううち、いつの間にかヒトラーと一緒に笑っている。著者の狙い通りの反応が悔しくもある。著者はこう説明する。「人々の多くはヒトラーを怪物として解釈してきた。だが、人々は魅力的に見えたり、すばらしいと思えたりする人間をこそ選ぶはずだ」

 確かに、なぜ世界で最も民主的といわれた憲法を持った国で、人々はヒトラーに票を投じ、政権を掌握させる愚を犯したのか、ただ怪物視していては見えてこない。この本が出たのも、冷静に検証できるようになった証しだろう。

 主著「わが闘争」の著作権は、ヒトラーが住民登録していたバイエルン州が引き継いでいる。その思想を批判する解説付きの出版を計画していたが、昨年12月、中止を決めた。ユダヤ人大虐殺の生存者に配慮したためという。

 だが、原爆投下をはじめ人道にもとる残虐行為を生き延びた人々が少なくなった時代には、どうすべきか。

 私たちは「記憶」を確実に引き継いでいこう。それこそ、本当のヒトラー再来を許さないため、ヒロシマの地でできることかもしれない。

(2014年2月6日朝刊掲載)

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