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社説・コラム

天風録 「引き裂かれた『日記』」

 私が人生に何かを期待することはできない。私の方が人生から絶えず、問われている存在だからだ。オーストリアの精神科医ビクトール・フランクルは言う。ホロコーストの生還者だった▲「最後のパン」を分け合う優しき同胞の姿を知る人。著作「それでも人生にイエスと言う」が大震災の後、版を重ねる。人が絶えず問われる存在なら、どんな未来も今恐れる必要はない―。その言葉は重くとも明るい▲アンネ・フランクも未来を信じた。キティーと名付けた日記帳に「じゃあまた」とおやすみを言う。私だって大人よ、と家族との葛藤をつづる15歳はほほえましくも映ろう。その「アンネの日記」や関連書籍が都内の図書館で多数引き裂かれていた▲作家小川洋子さんは20年前、アンネの足跡を欧州に訪ね、収容所跡へ。遺品の靴がうずたかく積まれた部屋に驚き「無数ではない、無数ではない」と心に言い聞かせた。その一足一足には生きた証しがあるはずだから▲図書館の蔵書を傷めること自体マナー違反だが、誰が何のために。15歳にして日記帳のペンを奪われたアンネの生きた証しまで、引き裂こうというのだろうか。その「罪」の深さを心に問うてほしい。

(2014年2月23日朝刊掲載)

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