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社説・コラム

天風録 「決闘写真術」

 「決闘写真術」。周南市出身の写真家林忠彦は人物を撮る極意をこう語っている。一瞬で決まる居合のようなものだと。無頼派の文豪も術中にはまったか。酒場で笑顔を浮かべる太宰治の珍しい一枚も今に残る▲しかし原発事故は無謀にも自然と格闘した跡じゃないか。そう問われているようだ。ことし林の名を冠した賞を受賞した写真冊子。人の姿はない。見えても除染作業の白い防護服だ。無音の世界が異様さを増幅させる▲広島市出身の写真家笹岡啓子さんが2年間、大震災と原発事故の被災地を撮り続けた。最初はシャッターさえ押せない。被害の深刻さはテレビで知っているつもりでも、においとともに迫る現実は想像をはるかに超えていた▲原爆が落ちたみたいだ―。地元の人の言葉にわれに返る。ヒロシマとも向き合ってきた自分がカメラを構えなければ。「未来に残すためではなく現在を知ることで、今を変えたい」。編んできた写真冊子は41集になる▲林が撮り続けた人の深みを思う。「自分の顔に責任を持つべきだ」というリンカーンの言葉がある。では、傷ついた大地の「顔」であればどうだろう。責任を持つべきは、今を生きる私たちではないか。

(2014年2月27日朝刊掲載)

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