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社説・コラム

『書評』 被爆黙した亡父 モデルに恋物語 周防柳さん「八月の青い蝶」

 昨年の第26回小説すばる新人賞に輝いた周防柳(すおう・やなぎ)さん(49)=東京都=が、受賞作「八月の青い蝶」(「翅(はね)と虫ピン」を改題)の単行本を出した。小中高時代を広島、山口の両県で過ごした周防さん。陸軍の軍人の子どもとして広島で生まれ、被爆した父をモデルに、切ない恋物語を紡いだ。

 主人公は、広島の街で建物疎開作業中に被爆した中学生。65年後、急性骨髄性白血病となり死期が迫る病床で、あの朝、断ち切られた初恋の記憶をたどる。1945年と2010年の8月が交錯し物語は進む。

 東京生まれの周防さんは5歳から小学4年まで大竹市で、小学5年からは岩国市で暮らした。岩国高から早稲田大第一文学部に進学。卒業後、編集プロダクション勤務を経てフリーの編集者・ライターになった。

 09年に父が白血病を発症した。「父の体験を聞いておかないと」との思いが今作を書くきっかけだ。「モデルは確かに父だが、9割がフィクション」と語る。被爆体験を語ろうとしなかった父は、10年7月に他界。結局、痛みに触れてしまうようで聞けずじまいだった。「口を閉ざし続けた物語があったはず」。書かなければ、と奮い立った。

 葬儀の翌日、父が被爆した鶴見橋近くを訪れた。あの朝、父がさまよったように川沿いを歩いてみた。原爆資料館を見学したり文献に当たったりして、小説を編み上げていった。

 物語では、主人公が戦争や平和を考えるとき、突き当たる矛盾に葛藤する姿も描かれる。「さまざまな事情を抱え、黙して生きてきた被爆者もおられると思う。その心の中にある苦しみを書きたかった」と力を込める。

 280ページ、1470円。集英社。(石井雄一)

(2014年2月27日朝刊掲載)

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