×

社説・コラム

天風録 「戦争と平和」

 黒海の水が本当に真っ黒なわけはないが、英語でもブラックシーと呼ばれる。陽光あふれるイメージの地中海とは対照的に、いてつく夜の闇をつい連想してしまう▲「暗い藍色の海面」と表したのはロシアのトルストイだった。世界史上たびたび戦火に照らされた要衝の海を、文豪は20代半ばに訪れている。欧州やトルコなどと繰り広げたクリミア戦争に、沿岸の要塞(ようさい)を防衛する青年将校として加わったのだった▲戦場でペンを執ったらしい。野戦病院はわめき声に満ち、敵の砲弾に興奮して味方の兵士はやたら撃ち返す。毎日のように死は隣り合わせにあり、いつしか感覚は鈍っていく―。戦場のありのままを丹念に描いている▲そのクリミア半島がまたもや緊迫の度を増してきた。ウクライナの政情混乱に乗じ、文豪の母国がしゃしゃり出てきた。ロシア系住民の保護を理由に掲げるが、むろん欧州は納得しない▲やはり黒海に面したソチでこの週末、パラリンピックが開幕する。クリミア半島とは直線で300キロもない。一方で障害者スポーツの祭典を喜び、片や装甲車が行き交う。戦争と平和、聖火と銃弾。いったいどちらの炎で、あの海を染めようというのか。

(2014年3月3日朝刊掲載)

年別アーカイブ