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社説・コラム

天風録 「岩手の歌姫」

 復興いまだ遠し。岩手県大槌町で先頃見た光景が頭を離れない。更地が一面に広がり、廃虚の役場が島のように、ぽっかり浮かぶ。まちの再建に向けて土を盛る工事が緒に就いたばかり▲住民10人に1人が津波にのまれた。再生の遅れで夢を描けない。そんな思いから3年の間に古里を離れた人も少なくない。だが闇夜の灯台のように輝き、心の支えとなった少女が地元にいる。15歳の臼澤(うすざわ)みさきさんだ▲あの日はまだ小学6年生だった。被災しながら避難所で得意の民謡を歌う映像が業界の目に留まったと聞く。おととし夢の歌手デビューを果たした。運命の不思議を思う。仮設店舗に誇らしげに並んだCDを買い込んだ▲透明で力強い声を聴くたび心なごむ。曲の多くが古里や心の絆がテーマ。都会の隙間で迷い傷ついてもわたしの真心を風が運ぶから―。「友輝」と題した歌には、帰りたくても帰れない人たちへの確かなエールを感じる▲地元の中学に通いつつ歌い、震災の語り部としても各地を回った臼澤さん。あす卒業式を迎える。上京を誘う声もあったが、県都盛岡の高校に進むという。東北に根ざす歌姫は成長とともに、たくさんの古里に光を届けることだろう。

(2014年3月11日朝刊掲載)

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