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社説・コラム

社説 ウンギョンさんと対面 北朝鮮の姿勢見極めよ

 「奇跡的なことで大きな喜び」という談話から、その胸中を思う。横田滋さん、早紀江さん夫妻が1977年に新潟市から北朝鮮に拉致された長女めぐみさんの娘キム・ウンギョンさん一家と、モンゴルの首都ウランバートルで対面していた。

 今月3日の日朝赤十字会談の場を借りた政府間の非公式協議の際に、極秘裏に段取りを付けたというから驚かされる。従来「めぐみさんは死亡している」としてきた北朝鮮側は今回、どんな説明をしたのだろう。

 この動きが拉致問題の解決につながることを望みたい。

 もともと横田さん夫妻はウンギョンさんと会うこと自体は望んでいたが、北朝鮮が求める訪朝は拒んできた。相手の思惑通りに拉致問題の幕引きに利用されるのを警戒したからだ。

 その懸念に配慮する方法として第三国を舞台にしたのは間違いあるまい。急浮上したというより早い段階から水面下で折衝していたとも考えられよう。

 というのも安倍晋三首相が前のめりともいえる姿勢で日朝対話に意欲を見せ、核・ミサイルより拉致問題を最優先で取り組む方針を強めているからだ。国民の関心が高い懸案であり、前に進めて政権への支持を固める狙いを指摘する声もある。

 北朝鮮はどうか。核実験強行や朝鮮戦争の休戦協定の一方的な破棄などで米国との直接対話が閉ざされる中、日本との対話にがぜん積極的になってきた。国際社会の包囲網を揺さぶるとともに、経済協力も当てにしているとみていいだろう。

 かねて日朝の懸案だった横田夫妻とウンギョンさんとの対面が実現したのは、こうした外交的な意味合いも大きい。とりわけ北朝鮮は関係改善への意欲を具体化した格好になろう。

 19日からは再度の非公式協議が中国で予定される。いわば「あうんの呼吸」で思惑が一致し、早い段階で公式協議へ格上げされる可能性も出てきた。

 気掛かりな点は残る。何より拉致被害者家族の思いを最優先しているかどうか。家族会の飯塚繁雄代表らは今回の動きを全く知らされていなかったという。家族会との緊密な連携が歴代政権の大原則のはずだ。

 しかもジュネーブで開かれる国連人権理事会を間近に控えている。北朝鮮の拉致を「人道に対する罪」と断じる最終報告書が提出され、飯塚代表も日本政府代表団の一員としてスピーチする。日本を含む国際社会が圧力をかける機会となろう。

 時期を同じくして「密室」の協議による日朝の歩み寄りをアピールするなら矛盾していると見られないか。米国や韓国からけん制する声が出るのも無理はない。拉致問題解決への道筋をどう付けるのか。核やミサイルをどうするのか。首相は国内外に説明する責任がある。

 むろん81歳と78歳という夫妻の年齢を考えると、まだ見ぬ孫に会いたいという10年来の願いが実現したことは共感できる。思ってもみなかったひ孫にも会えた、とも伝えられる。

 次はめぐみさんだ。母の早紀江さんは支援者に「生存の確信は揺らいでいない。全ての被害者救出のために戦い続ける」と語ったという。原点ともいえる思いに寄り添いたい。幕引きを図ろうとする北朝鮮のペースに乗せられてはならない。

(2014年3月17日朝刊掲載)

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