×

社説・コラム

『言』 夢語れぬ若者 人と向き合って生きよう

◆映画監督・佐々部清さん

 非正規雇用やブラック企業の問題が若者の不安をかき立てる。ごく普通の大学生が親の失踪をきっかけにネットカフェ難民になり、一日一日食いつなぐ生活へ―。新作映画「東京難民」は、若者が都会で夢を語れなくなった時代を描き、彼らにエールを送る。制作した映画監督の佐々部清さん(56)に思いを聞いた。(聞き手は論説委員・高橋清子、写真・坂田一浩)

 ―若者の厳しい現実を描こうと考えたのは、なぜでしょう。
 きっかけは、同世代で信頼する脚本家の青島武さんが原作の小説を持ってきたことです。社会派の彼が、撮ってほしいテーマだと言って。初めは、主人公にどうしようもなく共感できなかったんですよ。何を考えているか分からなくて。読み進めるうち、いつの間にこんな国になってしまったのだろうと、問い掛けたくなりました。

 ―どういうことですか。
 僕も東京での大学時代、仕送りとバイト代でぎりぎりの生活でした。でも4畳半の自宅で友達と朝まで飲み、映画監督だ、歌手だと、みんな将来の夢を語り合っていました。今は携帯電話もあり、物質的にははるかに豊かになっているのに語り合っていないでしょう。

 ―ずいぶん若者の姿は変わったのですね。
 人と向き合おうとしないのに一番、驚きます。人と人が話し、分かり合うことが大切だと気付いていないよう。ネットカフェで若い人に話を聞こうとしても、会話にならない。東京の大学に通う友達の息子さんは昼寝て夜はファミリーレストランに入り浸り、ノートパソコンでインターネットを見ている。僕の大学生の娘も、何をしているのかと見るたび、スマートフォンをいじっています。

 ―主人公はホストや日雇いの土木作業員など仕事を転々とし、ホームレスの人たちと一緒に暮らすことになります。
 悲惨な状況になるほど、周りとのコミュニケーションが取れていくのが脚本のへそですね。ホストクラブで苦楽をともにする友達ができます。作業員のおじさんから働く楽しさを教わり、会話する中で「貧困ビジネス」の仕組みを知るのです。

 ―私たち大人が、教えてこなかったのでしょうか。
 どん底の主人公が「時枝修って名前で生きていていいですか」と問う場面があります。顔が見えて名前があるってことは重要で、ネットの匿名でのつながりとは違う。ある大学生がバイト先で「おい学生」とか「バイト君」とだけで、名前で呼ばれないと言っていました。

 大人にも、もちろん責任があるでしょう。例えば食卓を囲むというのもコミュニケーションを学べる機会です。そうした単純でも大切なことが、日本からなくなってしまっている。明日はわが子わが孫の問題、という視点で映画を見てほしい。

 ―政治に対するメッセージでもありますね。
 一度失敗するとはい上がれない社会の構造への疑問も盛り込みました。安倍晋三首相は7年半前の第1次内閣で「再チャレンジ」できる国を目指すと言いましたが、実現できていません。政治家の皆さんは、いや奨学金制度がありますよとか、弁明するでしょう。

 でも若い人には、うのみにせず、セーフティーネットが本当に機能しているのか考えて、と伝えたいですね。

 ―同郷の安倍首相と親交があると聞きました。
 DVDを送りましたよ。「東京難民」の試写のころに2020年の東京五輪の招致が決まりました。日本は浮かれた雰囲気になっています。世界に向けて「おもてなし」というけれど、まずは足元におもてなしだろうと思います。

 ―希望を持てる日本社会にするにはどうしたらいいでしょう。若者にヒントを。
 応援しているよと、メッセージを織り交ぜたつもりです。僕自身、収入が途切れる時もあるし、たいしたアドバイスはできません。とにかく好きなことを見つけて、一生懸命やることでしょうか。それと選挙に行って投票率を上げろと言っています。若者に目を向けた政策に転換させなければなりません。

ささべ・きよし
 下関市生まれ。明治大、横浜放送映画専門学院卒。84年からフリーの映画助監督。02年「陽はまた昇る」で監督デビュー。「チルソクの夏」で日本映画監督協会新人賞・新藤兼人賞、「半落ち」で日本アカデミー賞最優秀作品賞などを受賞。人間魚雷「回天」の搭乗員に志願した若者らを描いた「出口のない海」(原作・横山秀夫)や、被爆をテーマにした広島市西区出身の漫画家こうの史代さんのコミックが原作の「夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国」などでも知られる。「東京難民」は4月5日から広島市のサロンシネマで公開、福山、岡山両市でも順次公開する。「東京難民」は4月5日から広島市のサロンシネマで公開、福山、岡山両市でも順次公開する。

(2014年3月26日朝刊掲載)

年別アーカイブ