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イラク開戦5年 広島の民間団体が報告集

■記者 森田裕美

 イラク戦争が2003年3月に始まって5年が経過した。広島市でも開戦直前、約6000人の市民が抗議の思いを「NO WAR(戦争反対) NO DU(劣化ウラン反対)」との人文字にかたどった。その願いを受け継ぎ、DU禁止を訴えてきた広島の市民プロジェクトが近く実態報告を出版する。その活動や報告内容を軸に被爆地ヒロシマが果たした役割をみた。

「NO DU」 人文字集会の願い継承

 今月上旬、広島市中区のビルの一室。「NO DU ヒロシマ・プロジェクト」(嘉指(かざし)信雄代表)事務局のメンバー5人が校正作業をしていた。「この表現は直そう」「こっちの写真が大きい方がいい」。真剣なまなざしで目を通す。260ページに及ぶゲラ刷りには、5年間の活動が凝縮している。

 プロジェクトは、イラク戦争でDUが使用されたのを受け、03年6月に始動。「放射能兵器」とも呼ばれるDU禁止を訴え、世界的キャンペーンを被爆地から起こそうと人文字集会の実行委が母体となった。

 発足後まもなく、イラク戦争での米英軍によるDU使用の実態調査のため、事務局長の森滝春子さん(69)=広島市佐伯区=たちが現地入り。帰国後には現地の様子を国内外に訴える写真冊子「ヒロシマ・アピール」を作り、英語版も含め約2万部が国内外へ送られた。

 他団体と連携した、イラクの医師と研究者の招請や写真展を通じ、現地の実情を重点に紹介。訪問歴のある嘉指代表、森滝さんが中心になって国内外へ講演や国際会議に出かけ人脈も広げていった。

 06年夏には被爆地に世界12カ国から科学者や戦争被害者、運動家ら延べ約1000人を集め、国際大会を開催。ICBUW(ウラン兵器禁止を求める国際連合)でも中心的役割を果たす。

 プロジェクトの動きと連動するように、国際社会でも、DU禁止の動きが熱を帯びる。07年3月にはベルギー議会が同国内での製造や使用、貯蔵などを禁じるDU禁止法を可決。07年末の国連総会では、次回総会で議題にDU問題を取り上げるよう求めた決議が賛成多数で採択された。

 「波が高まっている今こそ力を振り絞りたい」。森滝さんを突き動かすのは、戦争前後に2度訪れた現地の実態だ。

 がんや白血病、体の障害に苦しむ人たちを目の当たりにした。確かに因果関係の科学的な立証は済んでいないが、DUの影響と考えるのが「当然」と思える光景だった。DUがイラク戦争で使われてから5年。現地の市民をさらにむしばんでいるかもしれない、との不安がよぎる。

 治安も悪化の一途で、交流を続けるイラクの医師たちとも最近、連絡が取れなくなった。「心配で胸がつぶれそう。これ以上被害者を増やしてはならない」と森滝さん。

 熱意はメンバーにも伝わっている。国際大会を手伝って以来、積極的にかかわる元大学教授岡本珠代さん(69)=安佐南区=は「実情に触れれば自分も動かざるを得ない」。仕事の合間に参加する会社員佐々木崇介さん(25)=東区=は「すぐに何かを止めたりはできなくても、問題提起にはなる」。無力感で運動を離れていった若者とは対照的な感想を持つ。

 「NO DU ヒロシマ・プロジェクト」が出版する本の題名は、「ウラン兵器なき世界をめざして」(合同出版、2500円)。国際大会での報告を中心に、攻撃されたイラク、攻撃した側の米国それぞれでDU被害に苦しむ人たちの実態、科学的分析、世界の禁止運動などがまとめてある。

 その文面を丹念に追うと、市民一人一人が行動すれば、核兵器やDUがない平和な世界をつくる世論を束ねることができる、と勇気がわいてくる。

プロジェクト代表 嘉指信雄さん(54) =米ハーバード大哲学科客員研究員=に聞く

市民軸の運動に手応え

 イラク戦争は、米大統領選でも中心的争点になっている。だがそれはイラクの人たちにどんな被害を与えたかではなく、米国人にとって「失敗だった」というとらえられ方。個人的に意識が高い人も多い半面、米国社会の内向きさを感じる。

 昨年末、ニューヨーク州で、1980年代に操業が中止されたDU製造工場の元従業員や周辺住民の尿から、今なおウランが検出されている調査結果を、米英の科学者グループが発表した。だが、同じニューヨーク州知事のスキャンダルは世界中に発信されてもDU問題は、米国内にさえ伝えられないのが現状だ。

 それでも、ヒロシマ・プロジェクトが継続できているのには2つの要因がある。1つはDU問題が、緊急に取り組まねばならない課題だから。今まさに人間を苦しめている非人道的兵器という問題だけでなく、次世代に及ぶ環境問題でもある。もう1つは、プロジェクトが創設当時からかかわるICBUWのキャンペーンが具体的に前進しているのも大きい。

 5年前、人文字で「NO DU」を訴え、その写真で米紙に意見広告を載せ反響を呼んだ。だがその時だけでなくその後も、被爆地の市民が軸になるDU禁止運動には手応えを感じている。

 最近、ボストンで活動している退役軍人や平和団体などの集会でDU禁止キャンペーンの話をした。その際、私たちが広島で作った英語版冊子とビデオが、彼らのテキストや活動の契機になっていたことが分かった。知らないところで被爆地からの呼び掛けが確かに届いていた。

 国内でも、常に動ける事務局のメンバーは限られているが、人文字に参加した市民が、国際大会や大きなキャンペーンの時には呼び掛けに反応し、カンパや時間を割いて支援してくれる。

 ただ今後は、禁止条約制定などに向け、「訴え」だけではなく、国際政治を動かすという難しい局面を迎える。あらためて国際社会の注目を集め、多くの人に活動に参加してもらえるような工夫をしたい。

劣化ウラン
核兵器や原発の濃縮ウラン製造過程で生じる放射性廃棄物。鉄や鉛より比重が大きいことから戦車などの貫通弾として、1991年の湾岸戦争以来、コソボ紛争やイラク戦争で使用された。現在、米国など6カ国が製造、20カ国以上が保有しているとされる。使用された地域の住民や、使用や製造に携わった人たちに健康被害が報告されているが、米政府は危険性を認めていない。

ICBUW
ウラン兵器禁止を求める国際連合。2003年10月に発足した民間団体のネットワーク。英国に国際事務局があり、26カ国の96団体が加盟している。

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