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連載・特集

核兵器はなくせる 第1章 転機の超大国 <1> チェンジ

■記者 金崎由美

「力の信仰」決別のとき 新政権に残る抑止論


 核兵器をめぐる国際情勢に変化の兆しが出てきた。拡散する一方の悪魔の兵器が、結局は人類の生存を脅かすことに、多くの人が気付き始めたからだ。核兵器はなくせる。今こそ私たちは核抑止論の束縛から解き放たれるとき。被爆地の記者が世界を歩き、廃絶への確かな道筋を探る。まず、新大統領の誕生にわき返る米国から。

 1月20日、首都ワシントンは氷点下7度まで冷え込んだ。じっとしていられないほどの寒気がいや応なく足元から襲いかかる。

 それでも街は、熱気という表現では物足りないほどに燃え上がっていた。黒人大統領が誕生する歴史的瞬間。見届けようとする200万人がパレードの沿道を埋め尽くす。寒さに耐え、混雑に不平も漏らさず、オバマ夫妻を乗せた車の登場をひたすら待っている。

 「彼は私たち黒人だけでなく、米国全体の希望よ」。テキサス州から来たというレネ・パターソンさん(45)が目を大きく見開いて語った。「テロとの戦いでめちゃめちゃになった米国を立て直してほしい。彼なら武力ではなく対話で他国に接することができるわ」

 2001年9月の米中枢同時テロは核超大国を大きく変え、ブッシュ政権はテロとの戦いに明け暮れた。核政策も変わった。核での報復を恐れて攻撃を思いとどまることはしないとされるテロリスト。政権は対テロ攻撃を想定した新型核の開発を進めた。それは核兵器の役割を「抑止」に限定しない意味を持つ。

 そして今。星条旗の赤色で会場を染めた国民たちを前に、オバマ氏は就任演説でこう語った。「古き友、かつての敵とともに核の脅威を減ずるための努力を重ねる」。大統領選期間中のように「核のない世界」という言葉こそ使わなかったが、前政権の核政策との決別を宣言した。

 もちろん、それで核兵器廃絶が約束されるわけではない。オバマ氏は「核兵器が存在する限り、常に強力な核抑止力を維持する」と明言してきた。金融と経済の大混乱が続き、核政策の優先順位が高い保証もない。被爆国日本の対米政策も問われる。

 大統領選でオバマ氏のアドバイザーを務めたプラウシェアズ基金のジョー・シリンシオーネ理事長(59)が力を込める。「経済危機は膨大な核兵器予算に切り込む好機。廃絶へ道筋をつけるための絶好のタイミングを逃してはならない」

 ワシントンの連邦議会議事堂周辺。大統領就任式が終わった興奮がさめやらぬころ、どよめきが起こった。前大統領ブッシュ夫妻を乗せたヘリコプターが飛び立ったのだ。空を仰ぐ群衆は一斉にブーイングを発した。それは、「チェンジ」を切望する国民の万感の叫びにも聞こえた。

(2009年2月11日朝刊掲載)

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