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連載・特集

『核兵器はなくせる』 有識者によるグローバルゼロ運動

■センター長 田城 明

 今から四半世紀後の2035年を目標に核兵器廃絶を目指す世界的な運動組織「グローバルゼロ」が注目を集めている。「核兵器のない世界」の実現を訴えるヘンリー・キッシンジャー元米国務長官ら米高官4人の米紙への寄稿(2007年1月)を契機に、首都ワシントンのシンクタンク「世界安全保障研究所」などが中心になって呼びかけた。発起人にはジミー・カーター元米大統領、ミハエル・ゴルバチョフ元ソ連大統領ら約100人の有識者が名を連ねる。昨年12月、パリであった創設会議にはカーター氏も出席して特別講演をした。2日間の討議を踏まえ公表された「段階的で検証可能な廃絶」への道筋について検証する。

2035年の核兵器廃絶へ5行程

 グローバルゼロが提唱するその特徴は、核兵器の削減を5つの行程(図参照)に分けて廃絶を目指すところにある。

 第1行程(2009-10年)では、共通の目標として、25年間ですべての核兵器を地上から無くすことを宣言。核兵器全体の96%を保有する米ロ間で、戦略兵器削減条約(START)を上回る交渉を準備する。また、核拡散と核テロ防止のために各国が協力し、一層の努力を促す。

 米ロは今月初め、この行程に沿うようにスイス・ジュネーブで軍縮交渉を再開。STARTに代わる新たな核軍縮交渉について年内に合意する方針で一致した。

 第2行程(2010-2015年)では、米ロの核弾頭数をそれぞれ1000発まで削減する交渉をまとめ、2020年までに実現。核弾頭をミサイルから取り外す即応発射態勢について交渉を開始し、他の核保有国とも協議を始める。

 さらにイラン、北朝鮮の差し迫った核拡散脅威をこの間に取り除く。核燃料の平和利用・安全のための国際核燃料サイクル管理についても、多国間協議をスタートさせる。

 第3行程(2015-20年)では、米ロの核弾頭数を500発まで減らすことに合意。核保有国間での核凍結や削減についても協議を始める。また、各国が国際核燃料サイクル管理計画について合意に達する。

 第4行程(2020-2025年)では、すべての核保有国が核弾頭を100発まで削減し、完全廃棄の行程、査察に合意。新しい包括的査察体制の確立とともに、「グローバルゼロ条約」に調印する。国際核燃料サイクル管理の運用を図る。

 最後の第5行程(2025-2035年)では、核兵器全廃を実現し、査察体制は継続する。


世界の有識者100人 パリで創設会議

 バート氏は1990年代初頭のブッシュ(父親)政権下で、戦略兵器削減交渉に当たった米側の交渉責任者。「査察体制を含め、当事国が納得する形でしか前進できない」と、自らの体験を基に高度な政策交渉の必要性を説いた。

 グローバルゼロでは、今後も核問題に深くかかわる各国の有識者に働きかけ賛同の輪を広げる。同時に若者ら世界の市民にもインターネットを通じて、賛同署名を集める。

 「私たちは、私たちの子や孫、私たちの文明を核の大惨事から守るために、地球上のすべての核兵器を廃絶しなければならないと信じます」

 グローバルゼロのウェブサイトに紹介された「宣言文」の内容である。英語のほか中国語、ロシア語など6カ国語で書かれ、だれもが署名できる。

 今回の会議でスポンサーの一翼を担った米国の非政府組織プラウシェアズ基金のジョセフ・シリンシオーネ理事長は「核軍縮・廃絶に向け非常に重要で、野心的な取り組みが始まった。核問題が地球温暖化や貧困の問題と同じように解決しなければならない重要課題であることを世界の指導者や市民に訴えたい」と力を込めた。

 グローバルゼロは、核拡散防止条約(NPT)再検討会議を前にした2010年1月に、500人規模の会議を計画している。


カーター元米大統領特別講演(要旨)

 私はホワイトハウスを離れてからも、新聞などに論評記事を発表するなどして核問題に関心を持ち続けてきた。今では核拡散防止条約(NPT)は深く傷ついており、存在そのものが脅かされている。

 私は過去15年間におよぶ論評を読み直してみたが、この間に状況は変わっていない。事実、核軍縮に対する核保有国の振る舞いは、悪化の一途をたどっている。現時点では、2010年のNPT再検討会議の成功の見込みは良いとはいえない。多くの人々は、厚顔な核保有国と防衛によって特典を得たいという人々が、NPTを不平等なままの現状で凍結させているとみなしている。

 私の大統領時代には、核問題は最も重要な問題の一つであった。しかし、今日、私にはどの核保有国も軍縮に対して真剣な努力を払っているようには思えない。米ロ間の軍縮合意には、それをやり抜こうとする固い決意に欠けている。事実、米国は新しい核兵器システムを追求し、非核兵器国に対して先制攻撃をしないという長く堅持してきた政策を放棄した。

 オバマ新大統領が核兵器廃絶を重要な政策目標に据えたことは、勇気づけられる。オバマ氏がさまざまな障害を乗り越え、目標を進展させるには、国内外からの多くの支持を必要としている。ただ、もし米国が大幅に核軍縮を進めたなら、日本は「核の傘」が弱まるとして強く反対するかもしれない。そして、その真空地帯を埋めるために自ら核開発を試みるかもしれない。

 最初に米ロが2国間に横たわる問題を解決し、核軍縮を進める必要がある。すべての核保有国が「先制攻撃」はしないとの政策を打ち出すべきだ。中国とインドのみが、少なくとも言葉の上で「先制攻撃はしない」と公言している。

 北大西洋条約機構(NATO)やその他の地域に配備されている米国の戦術核兵器は、すべて撤去されなければならない。また、米国は包括的核実験禁止条約(CTBT)を批准する必要がある。  米ロは一触即発状態にある核ミサイルの即応態勢を中止すべきだ。私が大統領だった冷戦時代と同じように事故や間違い、誤った判断により、今も地球規模のホロコースト(大量虐殺)が起こり得ることを、私たちすべてが想起しなければならない。

 核拡散防止のためにも、兵器用核分裂性物質生産禁止条約(カットオフ条約)を結ぶことが一層重要になっている。核拡散は中東地域での不安定を高める要因である。平和目的だとしてイランが擁護する核開発計画は、インドやパキスタン、北朝鮮と同じケースである。いずれの国もそう主張しながら、核兵器を開発したのである。イランはNPTを順守する必要がある。そして米国はイランと2国間での直接交渉をすべきである。このことは、濃縮ウランと核技術を管理するためにも緊急を要する。

 私はインドがNPTに加盟しない限り、原子力協定を結ぶことに反対である。米国が一方でNPT非加盟の核保有国に原子力協力制限を設けることに抵抗し、他方でその他の国に制限を設けるのは「不合理なアプローチ」と言わざるを得ない。

 さまざまな反核グループの指導者たちは、具体的な目標に向かって協力し合わなければならない。私たちは2010年にあるNPT再検討会議までに、やれることをすべてやっておかねばならない。実質的かつ実りある成果を生みだすためにも、今後1年余で私たちがやるべきことは多い。核軍縮・廃絶に向けて働くことほど、今日の世界でより重要で役立つ努力はない。


参加者の声

ロシア上院議員外交委員会議長 ミハエル・マーギロフ氏

 グローバルゼロは軍縮へのユニークなイニシアチブだ。核拡散や核テロの危険を背景に、世界の指導者たちが核問題を真剣に考えだしたことが反映されている。

 ロシアの発展、近代化にとって重要なのは安定と平和。軍事に金を注ぐのは経済発展の妨げあり、不道徳でさえある。米ロの軍縮は最優先課題だが、協力姿勢がなかったブッシュ政権下の八年間は失敗した。オバマ、メドべージェフ両大統領なら大幅な削減に向けての合意も可能だろう。

パグウォッシュ会議会長 ジャヤンタ・ダナパラ氏(スリランカ)

 このような会議が開かれた意義はあったが、少し失望したのも事実だ。核廃絶への取り組みに緊急性が感じられなかったからだ。1997年に化学兵器禁止条約が発効した。現実にはすべての化学兵器が無くなったわけではない。だが、国際法によって違法な兵器となった。

 核兵器についても、禁止条約を早く成立させるべきだ。核兵器の開発・保有が国の威信を高めると思っている国がある限り、持ちたいという国が現れるだろう。緊急性を一段と高める必要がある。


視点 廃絶へ相乗効果を期待

■センター長 田城 明

   核保有国の外交官や安全保障の専門家らが加わる軍縮会議は、利害が対立し、自国の主張だけで終わるケースがしばしばである。しかし、今回は「核テロや核拡散の脅威を無くすには、地球規模での核軍縮・廃絶の道しかない」との共通認識を持っての会議だけに、それはなかった。

 インドの元外交官やパキスタンの元軍人からは、なぜ核兵器保有に至ったかについて自己弁護的な発言はあった。だが、核抑止力依存の危険に触れながら「国家の安全が保障されるなら、核兵器は無くした方がよい」と、互いに協調的な発言が目立った。

 核廃絶への段階的かつ検証可能な行程をめぐる議論では、廃絶までに25年という期間は長すぎるとの批判の声も少なくなかった。会議後の記者会見で、広島・長崎両市が平和市長会議を通じて「2020年までの核廃絶を目指している。その動きとどう協調するのか」と尋ねた。

 それに対する直接の答えはなかったが、バート氏は「核廃絶に向けた幾つもの運動(イニシアチブ)があることが、相乗効果を生む」と強調した。

 軍産複合体の影響力が強い米国で、その壁を越えて核廃絶への道は可能なのか。その疑問に、元米軍大将で北大西洋条約機構(NATO)司令官のジョン・シーハン氏はこう答えた。

 「核兵器が安全保障として機能しなければ、軍事的な意味は少なくなる。国家の安全保障のプラスにならなければ、税金を費やす意味がなくなるので、それは可能だ」

 参加者が一人もいなかったイランやイスラエル、北朝鮮などにどう働きかけるかなど懸案事項は幾つもある。ヒロシマからすると、ペースが遅いとの印象もぬぐえない。

 ただ、核大国の米ロの元政治指導者や外交官らが参加したグローバルゼロの現実政治に与える影響力は決して小さくない。バート氏が指摘したように、幾つもの核軍縮・廃絶への取り組みが相乗効果を発揮することを信じたい。

(2009年3月14日朝刊掲載)

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