×

連載・特集

核兵器はなくせる 第2章 南アジアの冷戦 <1> 闇市場

■記者 林淳一郎

「開発の父」が技術流出 テロ組織へ拡散懸念

 核兵器の力を盾に、インドとパキスタンは東西冷戦にも似た一触即発の対立を続ける。両国がそろって核実験を強行してから10年余り。イスラム過激派が暗躍し、核テロの震源地になりかねないと国際社会の懸念もくすぶる。世界の火種といえる南アジアに、私たちはどう向き合えばいいのか。その鍵を現地に探した。

 車内からカメラを向けた先に警備員の鋭い目が光った。「早く、早く」。案内人がドライバーをせかす。  パキスタンの首都イスラマバード。しょうしゃな門構えが連なる高級住宅街の一角に、迷彩色に塗られた監視小屋が立っていた。

 豪邸の住人は、国民が「核開発の父」と英雄視するアブドゥル・カディール・カーン博士(72)。約5年間の自宅軟禁が今年2月6日に解かれたものの、身辺警備はなお厳しい。

 博士は1970年代から「核の闇市場」を築いた中心人物だ。パキスタンは当時、「縫い針さえ作れない」と言われるほど工業化は遅れ、当初は欧米などの資機材を極秘に調達。自国を「イスラム諸国で初の核兵器国」に導いたとされる。そして2004年、博士はリビアやイラン、北朝鮮へ核技術を供与したと告白し、世界を震撼(しんかん)させた。

 イスラマバード郊外のカイデ・アザム大。カーン博士解放の知らせに、核物理学者ペルベーズ・フッドボーイ教授(58)は顔をしかめた。「核の犯罪が罰を受けないという悪いメッセージを世界に送ってしまった」。研究室の壁に、原爆で焼け野原になった広島市街地の写真が掛かる。

 核の力を欲するのは国家だけではない。北西部のアフガニスタン国境沿いは、政府や欧米諸国に武装対立するテロ組織の温床で、彼らに同調する核科学者も少なからずいるとされる。

 2001年、元パキスタン原子力委員会の核科学者がイスラム原理主義勢力タリバンとの関係を疑われて逮捕された。国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者と写真に納まっていた人物だった。

 フッドボーイ教授によると、核兵器製造に詳しいパキスタンの科学者は200-400人。冶金(やきん)学者のカーン博士はその1人にすぎない。「南アジアがテロ組織への核拡散の震源になる危険は大きい」

 隣国インド。昨年、イスラム過激派によるテロ事件が首都ニューデリーやムンバイなど大都市で相次いだ。

 「テロリストは核を持てば使うだろう。国家と違って彼らは制御が効かない」。ニューデリーのジャワハルラル・ネール大で、外交政策が専門のG・V・C・ナイドゥー教授(54)は訴える。

 核保有のドミノは64年前、米国から倒れ始めた。そして今、テロリストに近づく。ナイドゥー、フッドボーイ両教授はそろって警鐘を鳴らす。「核の恐怖から世界が逃れるには、廃絶の道しか残されていない」

(2009年3月20日朝刊掲載)

この記事へのコメントを送信するには、下記をクリックして下さい。いただいたコメントをサイト管理者が適宜、掲載致します。コメントは、中国新聞紙上に掲載させていただくこともあります。


年別アーカイブ