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「核兵器廃絶まで歌う」 平和祈念コンサートに幕 南こうせつさん

■記者 上杉智己

 今年8月を最後に、世界平和記念聖堂(広島市中区)で10年間続けた「平和祈念コンサート」を締めくくった南こうせつさん。コンサートの収益から寄付を届けるため、今月再び聖堂を訪れた。南さんは10年間何を思い、広島に通い続けたのだろうか。

 「頭の中には常に森滝市郎さんの姿がありましたね」。南さんはコンサートの原点をそう明かす。

 1994年に亡くなった森滝さんは、ヒロシマの顔ともいえる存在だった。核実験のたび、広島市中区の原爆慰霊碑前で抗議の座り込みを繰り返した。「たすきを掛け、無言で訴えていた」と南さんは鮮明に思い出す。

 「アピールしなければ平和の道につながらない」。森滝さんの姿勢から学んだ。「これからは力の世界ではなく、愛の世界にならなければ」との言葉にも突き動かされた。ミュージシャンとして、戦後復興を象徴する聖堂で表現できることがある、と思い立った。

 聖堂内は毎回、ろうそくが厳かにともり、南さんの歌声とギターがせつせつと響いた。観客も熱気に満ち、祈りを込める一体感が醸し出された。回を重ねるごとに評判が口コミで広がり、最近はチケットを入手するのさえ困難になった。

 「最初は何人集まるかさえ分からなかった。コンサートの意義を、地元の方々に分かってもらえた、と受け止めています」

 「戦争は嫌だな、核兵器が無くなればいいな、そう思ってくれるだけでいい」と南さん。「思いは必ず共感を呼ぶ。そして自分なりの一歩を踏み出すきっかけになる」と力を込める。

 聖堂での10年間に先立ち、「広島ピースコンサート」も開催した。1986年からやはり10年間、広島市内で継続させた。寄付金で広島原爆養護ホーム「倉掛のぞみ園」の建設を支えた。園へは毎年訪問し、今では顔なじみの人も多い。

 聖堂コンサートは締めくくったが、今後も「死ぬまで何らかの形で広島の夏とかかわっていたい」と決意を秘める。「ギターを持ち、歌う。核兵器廃絶が実現するまで」

(2009年12月12日朝刊掲載)

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