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連載・特集

核兵器はなくせる 第2章 南アジアの冷戦 <5> 戦火の封印

■記者 林淳一郎

印パ信頼醸成が早道 カシミール撤退 前提

 インドとパキスタンの国境の地で毎日、同じ光景が繰り広げられる。日暮れ時、両国の警備兵が並んで国旗を降ろすセレモニーだ。

 パキスタン側の町ワガ。「パキスタンは偉大だ」「スーパーパワー、アッラー(の神よ)」。観客が口々に叫んだ。インド側で響く歓声は、かき消されて聞き取れない。日没までの約30分間、こんな国威高揚合戦が延々と続く。

 「両国とも核兵器を使う可能性はゼロさ。ひどい被害が出るからね」。北西部ペシャワルから来たという教員ザヒッドさん(26)が明るく話した。ほかの若者たちも口々に「核は使えない兵器」と答えた。

 ワガの西約30キロにあるラホール。揺らめく暖炉の炎を見つめながら、ナシア・アクタル氏(67)は「インド、パキスタンの信頼醸成が早急の課題」と繰り返した。「使えない兵器」を廃絶する重要性を再三、政権にアピールしてきた元陸軍中将だ。

 両国は1947年の分離独立以来、北部カシミール地方の領有などをめぐって対立。過去に3度の戦火を交えた。1965年と1971年に従軍したアクタル氏は「戦争で得るものはない。ましてや核兵器は国土を滅ぼしてしまう」。机に、1965年の戦いで亡くなった当時22歳の弟の写真を飾る。

 アクタル氏は2000年、退役軍人らの団体「平和のためのインド・パキスタン軍人のイニシアチブ」を結成。パキスタン側の約100人を束ねる会長を務める。カシミール問題の平和的解決や核戦争の防止策をテーマに、両国で会合を重ねているという。

 一方のインド。「核兵器をなくすのは究極目標だ。その前に両国関係をどうにかしなければ…」。西部ムンバイの平和運動家ヨゲッシュ・カムダー氏(57)も懸念した。「冷戦」構造にある両国だからこそ、関係改善が核兵器廃絶への早道という論理だ。

 ニューデリーにあるデリー大のアチン・バナイク教授(62)=政治学=にも、両国が核兵器を放棄するシナリオは描けるのか否かを尋ねてみた。

 「互いを尊重することで関係改善は進む。国民が政府の姿勢を変え、真の和平を築くことができれば、戦争は防げるし、核兵器も当然『いらない兵器』になる」

 結論は明快だ。ただやはり、両国が戦火を封印し、信頼を醸成するには「カシミール地方から互いに軍を撤退させ、この地域を非核地帯にする」などの取り組みが前提条件になると説く。

(2009年3月24日朝刊掲載)

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