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連載・特集

核兵器はなくせる 第5章 英仏・見えぬ標的 <4> 持つ論理

■記者 金崎由美

米露の軍縮進展待つ 「戦略バランス維持」

 2010年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議をにらみ、フランスの核政策の権限を独占するサルコジ大統領は、核抑止力を肯定しつつ、積極的な核軍縮を提案してきた。一方で国民からは、自国の核戦力の現状を問い直す議論はあまり聞こえてこない。

 パリの住宅街にあるシンクタンク、戦略研究財団の事務所を訪ねると、ブルーノ・テルトレ上級研究員(46)が迎えてくれた。国防省で核政策を担当し、昨年公表された国防白書の策定委員も務めた人物だ。

 「軍縮自体には賛成だが、核兵器をゼロにすると戦略バランスが崩れ、世界は不安定になる。フランスは、核兵器さえなくせば安全とは考えない」

 核兵器に頼らない安全保障を追求する考え方はないのか。そう食い下がってみた。

 「核兵器がない世界では、世界の軍事費の5割を占める米国のパワーだけが残る。世界の核兵器の約95%を独占する米国とロシアが、英国やフランスの水準にまで減らすことができれば、政治的インパクトはあるが…」

 超大国の大幅な軍縮を待つ姿勢だ。それはフランスに限らない。

 ロンドン中心部、国会議事堂ビッグベンとテムズ川を挟む対岸にあるロンドン大キングス・カレッジで、核戦略専門家のローレンス・フリードマン副学長(60)が語る。「英国はすでに核兵器を十分に削減した。もっと米ロ間で核軍縮が進まなければならない」

 多国間の軍縮交渉の環境が整うまでは、数十年後を見据えて最小限の核抑止力を保つ。それは、トライデント(核ミサイルと原子力潜水艦による核戦力)の更新を計画する英政府の論理でもある。

 核兵器の役割を限定的にとらえる考え方はないだろうか。例えば日本とオーストラリアの元外相が共同議長を務める「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)」が議論している核兵器の先制不使用宣言はどうだろうか。

 パリのテルトレ氏は首を横に振った。「心理的な恐怖を与えるという核抑止力の根幹を揺るがしてしまう」

 合わせて推定460個の核弾頭を有する英国とフランス。その抑止力でいったいだれを怖がらせるというのか。そうした観点から、先制不使用の検討に同調する意見もなくはない。

 「議論する価値は十分ある。通常戦力が強かったワルシャワ条約機構に西欧が向き合った時代は、すでに終わったからね」。英国の元国連大使デビッド・ハネイ氏(73)の指摘だ。

先制不使用宣言
 核兵器の保有国が、先制攻撃には核兵器を使わないと表明すること。核兵器の使用は相手国への反撃に限定される。核兵器の政治的な役割や軍事面での依存度を低減させることで廃絶や核不拡散につながるとの肯定論がある半面、「核の傘」による安全保障が弱まるなどの反論もある。

(2009年6月25日朝刊掲載)

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