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連載・特集

核兵器はなくせる 第5章 英仏・見えぬ標的 <5> 実験被害者

■記者 金崎由美

「負の歴史」向き合う仏 補償制度 運用に課題

 フランスは1960年以来、アフリカのサハラ砂漠と南太平洋ポリネシアで計210回の核実験を強行した。大気圏や地中での実験に軍人ら延べ15万人が従事したとされ、住民も被災した。その「負の歴史」が今年、政治の表舞台で脚光を浴びている。

 パリ南西のアンジェ市。鉄道駅のロビーで核実験退役軍人協会(AVEN)のミッシェル・ベルジェ会長(70)が人なつっこい笑顔で迎えてくれた。

 「わが国の核実験はクリーン、と言っていた政府が重い腰を上げた。それは確かだが、満足するにはほど遠い内容だよ」。政府が5月に閣議決定した核実験被害者補償法案をめぐり、あふれる思いを語りだす。

 49年前、フランス初の核実験がサハラ砂漠に「死の灰」を降らせた。当時、アルジェリア戦争に従軍していたベルジェ会長は、爆心地から約40キロの地点にいたという。「体を伏せ、目を閉じても、閃光(せんこう)が飛び込んできた。ごう音は100万頭の馬が走り去ったようだった」

 AVENは2001年の結成以来、がんなど被曝(ひばく)によるとみられる病気を抱えた人たちのために政治、司法の両面から救済を求めてきた。

 これに応え、下院議員らが議員立法を検討。20以上の法案が作られたとされる。今年3月、ついに国防省が政府法案を発表。被害の存在を認める方向へかじを切った。法は今秋にも成立する見込みだ。

 だが被害者にとっては全面解決ではない。AVENと連携してきたダニエル・ラウル上院議員(67)=社会党=は「戸の間に足をはさんだ状態」とフランス流の表現で説明する。「つまり、被害者補償のゴールではなく、これがスタートなんだ」

 ベルジェ氏が隣から言葉を継いだ。「法の条文はわずかで、運用はほとんどを政令に委ねる。申請を審査する委員会に被害者側の代表が入らない。制度は骨抜きになりかねず、修正を要求しなければならない」

 核抑止力信仰が根強いフランス。政府は、オバマ米大統領の核軍縮政策には賛同しても、「核兵器のない世界」の訴えには同調しない姿勢を貫く。AVENも「いろんな考えの会員がいる」として核兵器反対は掲げていないのが実情だ。

 それでも、地道に核兵器廃絶を訴えてきた団体の一つ、フランス平和運動のピエール・ビラール共同議長(45)は「大量破壊兵器の保有は許されないとの議論を深める時期が来た」と前向きに受け止める。負の歴史を認めざるを得ない政府の姿勢は、たとえわずかな変化であれ、核兵器否定へと向かう時代の「潮目」と期待するからだ。

(2009年6月26日朝刊掲載)

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