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連載・特集

CTBT発効 課題多く

■編集委員室長 宮田俊範

 1996年の国連総会で採択されたものの、未発効の包括的核実験禁止条約(CTBT)。批准を公約したオバマ米大統領の登場で、ようやく発効への機運が高まってきた。しかし、北朝鮮が核実験を強行し、米国では批准への反対が根強いなど道のりは険しい。一方、CTBT検証体制の柱となる国際監視、現地査察制度には課題を抱える。広島、長崎への原爆投下から64年。CTBTの現状を見た。

核実験と監視網

 7月9日に東京であった「CTBTにかかわるシンポジウム」(原子力研究開発機構主催)。「修学旅行で広島と長崎を訪れ、世界から核兵器をなくすことを志した」と語るCTBT機関準備委員会(本部ウィーン)の香川美治事務局長特別補佐官は、大学、研究機関など約100人の専門家を前に「CTBT発効への準備は整った」と強調した。

 準備とは、各国が整備に取り組んできた国際監視制度(IMS)を指す。核爆発に伴う地震波をキャッチする地震観測所や、大気中に放出された放射性物質を測定する放射性核種観測所などを337カ所(90カ国)設ける計画。「1キロトン規模の核爆発を14日以内に90~95%以上の確率で探知する」のが目標だ。

 現在73%、247カ所が認証を受けて稼働し、国際データセンター(ウィーン)にデータ送信。秘密裏に核実験をしていないか監視している。国内には10カ所の施設がある。

 このうち、気象庁、日本気象協会は、地震観測所6カ所と、大気圏の核爆発を感知する微気圧振動観測所1カ所を運用する。「北朝鮮の前回(2006年10月)と今回(今年5月25日)の核実験の地震波形はよく似ている。核実験の場所も半径14キロ内に特定した」と日本気象協会の新井伸夫参与は説明する。

 地震と核爆発による地震波はどう見分けるのか―。新井参与は「地震は広範囲で岩盤が破壊されるため、長周期の地震波になる。核爆発は小さな領域で起き、破壊が終わる時間も短い」と明確に区別できると説明する。ただ、大量の火薬の爆発との識別は困難で、偽装は可能という。

 一方、空気中のちりを集め、核実験の証拠となる特殊な放射性物質がないか調べるのが放射性核種観測所だ。国内では沖縄県恩納村と群馬県高崎市の2カ所にあり、茨城県東海村の実験施設で分析する。運用は原子力機構が担当する。

 放射性物質のうちキセノン133、キセノン135などは原子炉の起動・停止以外は発生せず、核実験の証拠だ。北朝鮮の1回目の核実験ではカナダ・イエローナイフ観測所で微量のキセノン133を検出した。

 一方、2回目について、原子力機構核不拡散科学技術センターの小田哲三技術主幹は「世界のどの観測所でも未検出だった」と明かす。放射性物質は通常、岩盤の割れ目などから大気中に放出されるが、「偶然、岩盤が高熱で溶けてガラス固化したため閉じ込められたか、大気中に出た放射性物質が拡散せず、塊のまま観測網をくぐり抜けた可能性がある」と指摘。科学的に証拠が未検出である以上、偽装の可能性も捨てきれないという。

 来るCTBT発効に備えて、IMSの整備が急がれる。未運用の90カ所中、認証試験中が28カ所、建設中が29カ所。残る33カ所は、南極大陸やガラパゴス諸島など地理的に建設が難しいか、イラン、パキスタンのように政治的に困難な場所が含まれている。

発行へのハードル

 あらゆる核実験を禁止するCTBTは現在181カ国が署名し、148カ国が批准。ただし、発効には核保有か核開発能力を持つ「発効要件国」44カ国の批准が必要で、そのうち米国、中国、インド、パキスタン、イスラエル、エジプト、イラン、インドネシア、北朝鮮が未批准だ。

 「オバマ米大統領の登場で核廃絶の機運は高まったが、批准はそう簡単ではない」。外務省軍縮不拡散・科学部の佐野利男部長は、その理由として議会勢力の問題を挙げる。

 上院(定数100)は与党の民主党が60議席を占めるが、批准には3分の2(67票)以上が必要。「共和党から7票以上賛成してもらう必要がある上、ほかに優先順位が高い法案が多く、来年5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議までの批准は困難」と佐野部長はみる。

 さらに、米国内ではCTBTに対し懐疑的な見方が根強い。主には、(1)核兵器の信頼性を核実験なしに維持できるか(2)CTBTの検証能力は十分か(3)米国の批准後、他国も批准するのか―の3点だ。

 (1)は核抑止力にかかわり意見が分かれている。(2)は0・5キロトン以下の小規模爆発でも探知できるかなど技術的問題があり、北朝鮮の核実験で証拠を検出できなかったこともマイナス要因。(3)では追随を表明しているのはインドネシアだけで、他の7カ国は批准のめどが立っていない。

 一方、発効までに整備が必要な検証体制。IMSと並ぶもう一つの柱である現地査察制度(OSI)は整備率20%と遅れが目立つ。

 「北朝鮮の2回目の核実験のように証拠が未検出の場合、OSIが重要になるのだが…」と日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センターの一政祐行研究員は、暫定運用にも至らない現状を憂う。

 0SIは専門家40人が数十トンの機材と共に出向き、核実験場の疑いがある地域千平方キロを最長130日調査。上空飛行や地中レーダー、ガンマ線監視などで証拠を捜す。

 しかし、相手国への干渉や核関連の機密情報保護など「国家主権と国際公益性とで対立し、整備が後回しになっている」と一政研究員は指摘する。

 検証体制を担うCTBT機関準備委も悩みを抱える。署名国が分担する予算(約100億円)はここ数年実質ゼロ成長。「発効のめどが立たないことを理由に、経費を削る国もある」と香川事務局長特別補佐官。そもそも10年以上も未発効が続くとは想定されておらず、職員(約260人)の高齢化や検証技術の陳腐化などの問題にも直面している。

 「ブッシュ政権下の8年間は廃案になる恐れさえあった」(香川事務局長特別補佐官)というCTBT。オバマ米大統領の登場により、今では米国政府も協力姿勢に転じた。

 日本政府もこの機会をとらえ、未批准の発効要件国への働きかけを強める必要がある。「核兵器なき世界」への第一歩となる検証体制の構築に向けて、人材や技術などの分野でも、積極的な国際貢献が求められる。

(2009年8月9日朝刊掲載)

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