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連載・特集

核兵器はなくせる 「核の傘」をたたむ日 <2>

■「核兵器はなくせる」取材班

米国の核戦力 冷戦体制見直し急務

 冷戦終結から20年を経た今もなお、米国の核ミサイルの多くはロシアに照準を合わせる。年内にもまとまるオバマ政権の核政策の基本指針「核体制の見直し(NPR)」は、そんな冷戦構造の温存を一変させるだろうか。一方、被爆国日本は核兵器廃絶を訴えながら、米国が核軍縮を進めれば「核の傘」が弱体化する、と懸念してきた。それが廃絶へ向けた国際機運の高まりに逆行することは言うまでもない。日本が頼る「核の傘」の実像を、米国の核戦力の現状から探る。

 東京都内で24日、軍縮問題の勉強会があった。参加した平和団体の関係者ら10人余りを前に、米国の民間団体「憂慮する科学者同盟(UCS)」の安全保障問題専門家グレゴリー・カラキー氏(52)が怒りをにじませた。

 「残念ながら『核兵器の役割を減らす』と宣言したオバマ大統領のプラハ演説の通りにはいかないようだ」。オバマ政権の「核体制の見直し」(NPR)の行方を悲観的に展望する。その要因としてカラキー氏は、鳩山由紀夫政権が発足する前の麻生太郎政権による「外交圧力」を挙げた。「トマホーク核巡航ミサイルの退役に対する日本の抵抗は、脅しに近いものだったらしい」

耐用年数切れる

 トマホークとは原子力潜水艦に搭載してきた戦術核だ。冷戦の終結を機にブッシュ(父)政権が戦術核の多くを撤去した1992年以来、配備から外され、キットサップ、キングスベイ両海軍基地の兵器庫で保管。2013年から耐用年数は切れ、廃棄されるとみられていた。ところが米議会がNPRに関連して設置した諮問機関「戦略態勢委員会」に対し、日本の在米大使館が「核の傘の弱体化につながる」として反対の圧力をかけたとされる。

 日本が頼みにする米国の核の現状は―。

 米国が保有する射程の長い戦略核は9400個。うち実際に配備されているのは約2200個。「数は減ったが、実戦で使うとの想定は冷戦時代と変わらない」と全米科学者連盟(FAS)のハンス・クリステンセン氏(48)は分析する。

 戦略軍司令部(ネブラスカ州オマハ)がNPRとそれに基づく大統領指令などを基に、さまざまな場面を想定した核戦争シナリオを作成している。核攻撃のターゲットとして「敵」の軍事施設などを選定したリストもある。

ロシア・中国照準

 最高機密であるその攻撃目標リストは、クリステンセン氏の推定で現在約2500カ所。うちロシアが1600、中国が600。残り300が北朝鮮やイランという。

 また米本土の基地に置く大陸間弾道ミサイル(ICBM)と、戦略原潜の弾道ミサイルに搭載する計約900個の戦略核弾頭は今なお、決定から数分~十数分でロシアに向けて発射できる警戒態勢にあるという。

 冷戦は終結しても核戦争のシナリオが消えないのは、ロシアが通常戦力より核戦力を重視し、やはり核の警戒態勢を敷いていることが理由とされる。強大な核戦力の維持に見合う「新たな敵」が現れないこと、核軍縮に対する保守派や軍需産業の抵抗が根強いことなども、旧来の発想から抜けられない要因だとの指摘もある。

 一方、米国の核戦力のうち射程の短い非戦略核(戦術核)で配備中なのは欧州への核爆弾だけ。つまり、日本がこだわったトマホークなしに、米国は戦略核だけで「核の傘」を差し掛けているのが実情だ。

 こうした米国がNPRを策定するのは、クリントン政権当時の94年とブッシュ政権の02年に次いで今回が3回目となる。そこでは、戦争シナリオを維持する冷戦時代の発想と体制を抜本的に見直すことができるだろうか。

「こだわりすぎ」

 米国の軍縮専門家が訴えているのが「核兵器の役割を核兵器に対する抑止に限定する」とNPRに明記することだ。それは「核兵器の役割を減らす」としたオバマ大統領のプラハ演説にも沿う。

 しかし、この点でも日本の前政権は、北朝鮮の生物・化学兵器なども念頭に「抑止の対象を核兵器だけに限定しないでもらいたい」と米国側をけん制してきたとされる。

 クリステンセン氏は批判する。「日本は核兵器にこだわりすぎだ。核は米空母のプレゼンス、政治、経済関係なども含めた抑止のほんの一部にすぎない」

 トマホークをめぐる前政権の外交圧力問題で岡田克也外相は24日、事実関係を調査する意思を記者会見で明言した。


安全保障での核の役割は
フランク・フォン・ヒッペル教授に聞く

 米国の安全保障における核兵器の位置づけについて、核物理学の第一人者で、クリントン政権で核軍縮、不拡散を担当したプリンストン大のフランク・フォン・ヒッペル教授(71)に聞いた。

 米国は自国の核兵器を、生物・化学兵器や通常兵器を含むあらゆるものを抑止するととらえてきた。しかし実際には核兵器は「使えない兵器」だ。核使用のタブーの度合いは高まっているのに、まだ大量に温存しているのは問題だ。

 例えば、北朝鮮のどこにミサイルがあるのか、それが本当に発射されようとしているのか、弾頭は通常弾頭ではなく核なのか―を完ぺきに把握するのは困難だ。

 それに北朝鮮の脅威に対しては、米国の圧倒的な通常戦力で対応できる。にもかかわらず、一発で大勢の市民を殺傷する核兵器を安易に使うのは犯罪的であり、現実的な選択肢ではない。

 ロシアではいまだに約千発ものミサイルが即時に発射できる態勢にある。旧ソ連が崩壊した直後ほど深刻ではないにしても、ロシアの核兵器の管理には問題がある。米国から核ミサイルが発射されたと誤認し、自国の核ミサイルを米国に発射する危険がある。偶発的核戦争が起きる。

 だからこそ、核兵器を地球規模で取り除いていくことが最大の防御になる。

 米国が核兵器の唯一の役割を「核兵器の使用を抑止すること」と狭めることは可能だし、実際に議論がなされている。

 ところが日本の外務省と防衛省は、北朝鮮の生物・化学兵器に核兵器を使う可能性を求めてきた。中国の通常兵器にも、米国の核が使えると思っている。

 オバマ政権で核戦略にかかわっている人たちが、実はこういった日本側の意向に大きく影響を受けていることを知ってほしい。

 日本にとってどんな脅威があり得るかを具体的に考え、本当に米国の核兵器でなければ対処できないのかについて議論を尽くしてはどうか。それが、米国の「核の傘」から出る第一歩となる。

 日本版の「戦略態勢委員会」を作ってもいい。ただし核抑止力を信仰する米国防総省の一部の発言をうのみにしている数人の官僚が密室協議をする場にしてはならない。

フランク・フォン・ヒッペル教授
   1937年米国生まれ。英オックスフォード大で理論物理学の博士号を取得。クリントン政権の93~94年、ホワイトハウス科学技術政策局次長を務めた。

米国の核戦力
 約2200個の戦略核弾頭は大陸間弾道ミサイル(ICBM)をはじめ、戦略原子力潜水艦、戦略爆撃機に搭載される。一度に数カ所を攻撃できる多弾頭ミサイルもあり、一般的に弾頭数は運搬手段の数を上回る。  基地の地下サイロから発射するICBMは計450基あり、核弾頭約550個が配備されているとされる。  戦略原潜は14隻。トライデントD5ミサイル計288基を積み、配備核弾頭は推定1152個。うち8隻が西海岸のワシントン州の基地を母港とし、核兵器を積んで太平洋を常時パトロールする。  戦略爆撃機はB52とB2の2種類で、合わせて約60機が核兵器を搭載して警戒や攻撃の任務を担えるとされる。配備核弾頭は巡航ミサイル用と核爆弾で計500個。グアムにあるアンダーセン空軍基地には米本土の基地に所属するB52がローテーションで展開する。  射程が短い戦術核は欧州の米軍基地に核爆弾B61を配備する。潜水艦向けのトマホークミサイルは1992年以降、前線配備から外して米本土で保管している。

(2009年11月29日朝刊掲載)

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