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連載・特集

核兵器はなくせる 「核の傘」をたたむ日 <7>

■記者 「核兵器はなくせる」取材班

8つの非現実性 しない、させない ニッポンの核武装

 北朝鮮による2度の核実験や中国の軍備拡張など、周辺の不穏な動きに呼応し、国内の一部で「日本の核武装」が論議されてきた。米国の「核の傘」ではなく、自前で抑止力を持つとの考えだ。しかし、世界が核軍縮から核兵器廃絶へ進もうとする今、それに逆行することが正しい選択とは決して思えない。被爆国のこれまでの訴えを否定することにもつながる。日本核武装論の非現実性を八つの理由から浮き彫りにする。

原発が止まる

 日本の電力供給の27.5%を占める原子力発電ができなくなる。国内に53基ある原子炉が稼働停止し、産業界や日常生活に甚大な影響を及ぼす。

 資源のない日本は原発の燃料となるウランをすべて輸入に頼っている。しかし、ウランは核兵器の材料になるため、核拡散防止条約(NPT)の規定に基づき、国際原子力機関(IAEA)の厳しい監視下に置かれている。軍事転用はそもそも困難だ。

 また、転用が明るみに出ると、ウランの輸入がストップする。輸入相手国との原子力協定は平和利用を前提としているためだ。

 さらに米国、オーストラリアなどとの協定は、違反した場合にウランを提供国が返還請求できる条文も設けている。

日本経済は壊滅

 国連安全保障理事会が制裁決議を採択し、日本の輸出入は厳しく制限されることになる。貿易に頼る自動車や電機メーカーなどは大打撃を受け、経済は壊滅状態になる。

 2006年10月、北朝鮮が核実験成功を発表したときは、国連安保理が大量破壊兵器やぜいたく品の禁輸、核計画に関する金融資産の凍結などの制裁を決めた。2009年5月の核実験の後にも追加制裁決議を採択した。国際協調により国を維持している日本が、こうした立場に追い込まれたら―。

 「原料輸入と製品の輸出で成り立つ日本経済は壊滅する。大恐慌が起きる」と経済評論家の森永卓郎氏も予測する。「核武装論は、日本人の暮らしが暗転するという現実を無視した、むちゃくちゃな議論」と切って捨てる。

 財務省の貿易統計によると、2008年度の日本の輸出総額は約71兆1千億円、輸入総額は約71兆9千億円に上る。外貨準備高は100兆円規模。一方、食料自給率は約41%にとどまる。

巨額の費用がかかる

 核兵器の開発自体に膨大な費用がかかるだけでなく、そのシステムづくりにも予算が必要となる。日本の防衛費はいまの倍以上となるかもしれない。

 核弾頭は通常、ミサイルや軍用機などの運搬手段に搭載して初めて兵器となる。弾道ミサイルを載せた原子力潜水艦の更新計画がある英国政府の費用試算をみると―。

 潜水艦4隻とミサイルの更新、核弾頭の改修などを合わせて200億~250億ポンド(3兆~3兆7千億円)。これは日本の2009年度の防衛費約4兆7千億円に迫る数字だ。日本が核弾頭と運搬手段の設計、開発、配備をゼロから始めるならば、より巨額な支出が見込まれる。

 さらに核兵器を実戦使用可能な状態で維持する運用コストもかかる。英国では、潜水艦への配備が30年間続いた場合を合わせ、累積費用は約760億ポンド(11兆4千億円)に上るとの民間の試算もある。

アジアで核ドミノが発生

 日本の核武装は、アジア全体を巻き込んだ核開発競争の始まりを告げるゴングとなる。それはNPT体制の崩壊を意味する。

 外務省の初代原子力課長を務め、1960年代に省内の核政策研究に携わった金子熊夫氏も「周辺国の核開発が進み、日本は核の脅威にいっそうさらされることになる。抑止とは逆の効果が生まれ、核武装は百害あって一利なし」と分析する。

 核拡散を防ぐNPTは米国など5カ国の核保有を認め、それ以外は認めていないことから不平等条約との批判を浴びる。実際にインド、パキスタン、イスラエルは、NPT加盟を拒みながら核武装した。

 一方で、NPTは無秩序な核開発を防ぐ抑制効果を果たしてきた側面もある。ケネディ米大統領はNPT発効(70年)前の60年代初頭、「70年代には15~20カ国の核兵器国が存在するかもしれない」と憂慮したとされる。

兵器用物質が確保できない

 核兵器製造には、核物質で原子力発電の燃料にもなるウランやプルトニウムが不可欠。文部科学省などによると2008年末時点で、日本はウラン約2万トンを備蓄し、使用済み燃料から抽出されたプルトニウムは約9.7トンに上る。

 ただしいずれも濃縮度などが低い「原子炉級」。強大なエネルギーを高い効率で発生させ、核弾頭の小型化も実現するには、プルトニウムもウランも濃縮度を「兵器級」の90%以上に高めるなどの必要があるとされる。

 しかし、国際原子力機関(IAEA)の監視をかいくぐって高濃度にするのはほぼ不可能だ。監視カメラが設置され、アジア担当のIAEA査察官80人が目を光らせている。

 鳥取、岐阜県にあるウラン鉱山の生産量は現在ゼロ。IAEA勤務経験がある日本国際問題研究所の小山謹二客員研究員は「自由に使える核物質はないといっていい」とみる。

ノウハウがない

 日本は戦時中、陸軍が理化学研究所で、海軍が京都帝国大(現京都大)で、それぞれ原爆の開発研究を進めたが、いずれも製造着手に至らなかった。科学が進歩した現在、「技術的には可能」とされるものの、実際の製造には細かなノウハウが必要で、相当の時間もかかる。

 ピアース大(米ロサンゼルス)の山田克哉教授=理論物理学=は著書「日本は原子爆弾をつくれるのか」の中で、膨大な予算があり、優秀な人材が集まり、十分な材料を用意したと仮定しても「核武装には最低5年はかかる」と推定している。

 山田教授は同時に、「日本が世界で唯一の被爆国であることは世界に知れ渡っている。平和を望む良識ある人々は落胆する。日本の恥をさらす」とも強調している。

 核兵器の理論が分かる科学者や技術者はいても、実際に携わる人が多数名乗り出る状況も考えにくい。

核実験ができない

 日本が核武装したとしても、核実験をしないと威力は確認できない。何より、「日本が核実験に成功した」というニュースが世界をかけまわってこそ、周辺国に対する抑止力も生まれる。しかし、狭い日本のどこで核実験ができるだろうか。

 国土が広大な米国や中国は自国内で実験ができた。ロシアは旧ソ連時代に自国だったカザフスタンで繰り返した。一方、フランスや英国は、アルジェリアやオーストラリアなど本土から遠く離れた場所で実験した。

 日本が無人の離島などで実験することも考えられるが、漁業や環境への影響も予想され、補償問題が起きそうだ。また日本は包括的核実験禁止条約(CTBT)を批准した。条約は発効していないものの、批准の取り消しに迫られる。

 CTBT違反ではないとされる臨界前核実験をするにしても、実験場周辺で反対が強まるのは間違いない。

民意が許さない

 核兵器廃絶を訴える被爆地をはじめ、民意が核武装を認めない。反核・平和運動の歩みが裏付けるように、国民的な反対行動が予想される。

 1954年、太平洋ビキニ環礁での米国の水爆実験で乗組員が「死の灰」を浴びた第五福竜丸事件を機に、原水爆禁止運動は一気に広がった。核兵器を「持たず、つくらず、持ち込ませず」との非核三原則が国是になった背景にも、被爆国の核武装を否定する国民意識があった。

 さらに広島市は核実験のたびに抗議文を送り、被爆者や市民は原爆慰霊碑前で座り込みを続けてきた。こうした被爆地の訴えは「核兵器の使用や威嚇は一般的に国際法違反」とする国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見(96年)にもつながっている。

 この点で広島市立大広島平和研究所の浅井基文所長は「非核三原則を主張しながら『核の傘』に頼る日本政府の政策に慣れてしまうと、核兵器に立ち向かう意識が薄らぐ。国民の側から被爆国の矛盾を問う姿勢を崩してはならない」と話している。


非核が最善の選択肢

 被爆国日本は戦後、核武装の検討を繰り返してきた。NPTへの署名に当たり、「核保有の選択肢は残すべきだ」との意見もあり、日本のNPT加盟は1970年の発効から6年後。その前後にも内閣調査室(当時)や外務省などが議論をしている。

 これらに加え、93年の主要国首脳会議(東京サミット)でNPTの無期限・無条件延長を全面的には支持しなかったこと、大量のプルトニウムを備蓄していることなどの点で、海外からは今も「核開発疑惑」の視線にさらされている。

 しかし、この「八つの理由」に挙げたように、日本の核兵器保有は現実的な選択としてあり得ない。被爆国としての道徳的理由のほかに、さまざまな法律や条約での制約がある。そもそも大量破壊兵器の保持は、憲法9条についての政府見解である「自衛のための必要最小限度」の戦力を大きく逸脱し、憲法改正が必要という意見もある。

 一方、最近の議論として、自前の核武装ではない「核共有」を主張する人たちもいる。普段は在日米軍基地で核兵器を管理し、有事の場合に米国が日本に譲り渡す仕組み。米国が北大西洋条約機構(NATO)域内に戦術核を配備している実態を踏まえた議論だ。

 同様の「抜け道」として、米軍の戦略原子力潜水艦に同乗し「核のボタン」を共有するとの案も語られる。

 しかし、これらは周辺国をいたずらに刺激するだけだろう。英国の安全保障専門家ポール・イングラム氏も拡散防止の観点から「非核保有国に核兵器を置き、有事に使用するとの想定は、NPTの信頼性を傷つけ、国際的な批判を浴びる」と指摘する。

 核兵器を持たないと誇りを持って国内外にアピールし、同時に、自ら進んで核の傘から出る努力をする。それが被爆国にふさわしい最善の選択ではないか。

国際原子力機関(IAEA)
 原子力の平和利用促進を目的に1957年設立された。本部はウィーン。「核の番人」とも呼ばれ、加盟国は151カ国。2009年12月に天野之弥氏が日本人初の事務局長に就いた。日本は77年に保障措置協定を締結。1998年に核査察の範囲を民間の研究機関などにも広げる追加議定書に署名した。核物質の軍事転用が見られないことから、2004年から査察回数を軽減する統合保障措置がとられている。

ウランとプルトニウム
 原子炉でウランを燃やした後にできる使用済み燃料からプルトニウムが抽出される。ウランの場合、発電用の濃縮度は3~5%と低い。兵器級はいずれも90%以上が必要とされる。日本は世界でも有数のプルトニウム保有国で、海外にも英国、フランスに計25トン以上を保管している。


         ≪核武装をめぐる主な政治家の発言や関連の出来事≫ 
                                                  (肩書は当時)

1957年 5月 岸信介首相「自衛の範囲を超えない限り、核兵器を保有しても憲法違反ではない」
1964年10月 中国が初の原爆実験
1965年 1月 佐藤栄作首相「個人的には中国が核兵器を持つならば、日本も核兵器を持つ
          べきであると考える」
1968年     内閣調査室(当時)が「日本の核政策に関する基礎的研究」。70年も
1969年     外務省が内部でまとめた「わが国の外交政策大綱」で核兵器は保有しないとしつつ
          製造能力を保持する選択肢を示す
1970年 3月 核拡散防止条約(NPT)発効
1976年 5月 日本がNPT加盟
1995年 5月 防衛庁が核兵器保有に関する内部報告
1999年10月 西村真悟・防衛政務次官「日本も核武装したほうがええかもわからんということも
          国会で検討せなアカンな」
2002年 2月 安倍晋三官房副長官「憲法上は原子爆弾でも小型であれば問題はない」
       4月 自由党の小沢一郎党首「日本がその気になったら一朝にして何千発の核弾頭が
          保有できる。原発にプルトニウムは3千、4千発分もあるのではないか」
       5月 福田康夫官房長官「憲法も改正しようというぐらいになっているから、非核三原則も
          変えようとなるかもしれない」
      10月 北朝鮮が核開発を認めたと米国が発表
2006年 9月 防衛庁が核兵器保有に関する内部報告
      10月 北朝鮮が核実験に成功したと発表▽自民党の中川昭一政調会長「憲法でも核保
          有は禁止されていない。核があることで攻められる可能性が低くなる、やればやり
          返すという論理はありうる。当然、議論があっていい」▽麻生太郎外相「隣の国が
          (核兵器を)持つとなったときに一つの考えとしていろいろな議論をしておくのは大
          事だ」
2009年 4月 北朝鮮がミサイル発射実験▽中川昭一前財務相「純軍事的に言えば核に対抗
          できるのは核だというのは世界の常識だ」
       5月 北朝鮮が2度目の核実験をしたと発表


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