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連載・特集

核兵器はなくせる 「核の傘」をたたむ日 <9>

■記者 「核兵器はなくせる」取材班

拡散防止の探知網 被爆国の技術が貢献

 核兵器廃絶は、核不拡散への各国の具体的な行動が積み重なって初めて現実味を帯びる。全体の弾頭数を減らしても、新たな保有国が出現すれば地球上から核兵器はなくならない。この不拡散分野で日本は、持ち前の科学技術を生かして核実験監視を続け、昨年末には「核の番人」国際原子力機関(IAEA)のトップに外務省出身の天野之弥(ゆきや)氏が就任した。被爆国の先端技術は核拡散防止にどう貢献しているのだろうか。

 東京都心を一望する豊島区東池袋の高層ビル「サンシャイン60」の54階。日本気象協会が入る一角は、核実験の監視拠点でもある。

 世界や北朝鮮の地図が張られた一室で、コンピューター画面が細かい波線を映し出した。乙津(おつ)孝之技師が「昨年5月、北朝鮮が核実験をした際の地震波形です」と説明する。

 気象協会は2002年から外務省の委託を受け、長野市松代など国内6カ所の地震観測所と、核爆発に伴う空気の振動をキャッチする千葉県いすみ市の観測所を順次整備し所管。包括的核実験禁止条約(CTBT)に基づく地球規模の核爆発監視網の一翼を担う。データはウィーンに本部があるCTBT機関準備委員会(CTBTO)国際データセンターに送るほか、逆にCTBTOから世界中の観測値を入手し、解析にも当たる。

 国内ではこのほか、空気中に含まれるちりやガスから放射性物質を観測・分析する日本原子力研究開発機構(茨城県東海村)、主に事務を担当する日本国際問題研究所(国問研)軍縮・不拡散促進センター(東京都千代田区)が世界に目を光らせる。

 その国問研軍縮・不拡散促進センターの横山佳孝企画部長は「地震の震源や規模を分析する日本の高い技術が核爆発の探知に活用されている。採取した放射性物質に関するデータの分析能力も世界で高く評価されている」と語る。

 CTBTの発効のめどは立っていないものの、既にこうした核爆発の監視網は地球規模で張り巡らされ、250もの施設が稼働している。「核爆発を起こせば必ず発覚するということが、核実験を抑止する」と横山氏。

 同時に日本気象協会の新井伸夫参与は「地震研究で日本は世界トップでも、核実験や軍縮に関心がある人はごくわずか。被爆国として人材が少なすぎる」と課題も指摘する。

 同じくウィーンに本部を置くIAEA。原子力の平和利用促進と軍事転用の防止を担う「核の番人」のトップに昨年12月、天野氏が就任した。外務省不拡散・科学原子力課の小泉勉課長は「核拡散防止条約(NPT)の3本柱のうち核不拡散と原子力の平和利用の分野で、被爆国として一層の貢献ができる」と意義を強調する。

 昨年9月、国連安全保障理事会首脳級特別会合による「核なき世界」決議に、すべての国がIAEAの追加議定書(査察の厳格化)を受け入れるよう求める内容が盛り込まれた。日本の強いアピールが背景にあったとされる。

 また昨年末にインドを訪れた鳩山由紀夫首相はCTBT署名を強く働きかけ、シン首相から「米中両国が批准すれば新たな状況になる」との言葉を引き出してもいる。CTBTが未発効のままでは、核爆発の監視網と並んで核実験禁止への具体的な効力が期待される現地査察制度も機能しないからだ。

 インドだけでなくパキスタンや北朝鮮はCTBT未署名で、米国や中国は批准していない。批准を目指すと明言しているオバマ米政権がその約束を果たせるか、さらに被爆国の外交努力が発効に向けた道筋を切り開くことに貢献できるか否か。核不拡散体制の強化をめぐる今年の大きな焦点となっている。

追加議定書
 IAEAの査察を受け入れていたイラクや北朝鮮の核開発が発覚したのを機に、IAEAは1997年の理事会で、従来の査察協定をより強化する「モデル追加議定書」を定めた。原発など核物質が存在する場所だけでなく民間の研究機関なども申告施設に加え、未申告施設への立ち入り権限も盛り込んだ。
 この追加議定書をIAEAと結んだ国は日本も含め現在94カ国。日本は2004年から「軍事転用の兆候がない」などとして、査察を効率化させた「統合保障措置」に移行している。


国際社会での日本の役割は
元IAEA査察情報処理部長・谷弘氏に聞く

 核不拡散の専門家でIAEA査察情報処理部長を務めた経験もある谷弘氏(68)に、国際社会での日本の役割について聞いた。

日本の姿勢 国際的模範  日本の原子力政策の柱は、平和利用を定めた原子力基本法と、徹底した情報公開による透明性の確保。IAEAへの協力を含め、核兵器製造の技術はあっても決して軍事転用はしないということを行動で示している。

 実際、IAEAの査察担当者は「日本はきまじめ」と評価している。核開発が問題になっている北朝鮮やイランなどとはまったく違ったこの姿勢は国際的な模範になっている。

 日本は核開発に向かない原子炉と核燃料を使っている。核燃料の計量管理も正確に行い、申告している。

追加議定書 全加盟国に

 私がIAEAに赴任した1992年は湾岸戦争の直後で、イラクが査察の陰で核開発をしていたことが大問題となっていた。そこで翌年、NPT再検討会議がある95年に向けて査察手法の検討を始めた。その成果が現在の追加議定書だ。

 イラク問題の反省からも、まずはすべてのNPT加盟国がIAEAと追加議定書を結ぶことが大切だ。日本は自ら制度を守るだけでなく、ほかの国に議定書の締結を働きかける役割を率先している。

 IAEAのトップに天野之弥氏が就任したことは、日本に対する国際的な信頼の証しと言える。しかし、その立場は日本代表ではなく国際公務員。これから日本がなすべき貢献は、天野氏が中立公平な立場で腕を振るえるよう協力することだ。

 もともと船乗り志望だった私は海上保安大学校に入り、63年に半年間、広島市の第六管区海上保安本部に勤めた。当時は皆実町(南区)に住み、被爆者が身近にいた。被爆国出身と自覚している。

 しかし、IAEAという国際機関に勤めた間、考えさせられる出来事もあった。当時のブリクス事務局長やエルバラダイ渉外部長と議論した際「日本は被爆国だからトラスト(信頼)される立場だ」と述べると、「トラストでは不十分だ」と切り返されたのだ。

真の信頼へ地道な行動

 トラストは単に感情的な信用。地道な行動を積み上げて初めて真の信頼となる。それが日本の進むべき道だ。被爆国というだけでは、軍事転用はしないとの信頼は得られない。核軍縮や核不拡散は長く苦しい道のりだが、「必ず達成する」との強い意志と努力の積み重ねが肝要だ。

 昨年、日本の主導で採択された国連の核兵器廃絶決議は、米国が初めて共同提案国になった。最大の核兵器国を巻き込んだことは、今年5月のNPT再検討会議への弾みとなるだろう。

たに・ひろし
 1941年徳島県生まれ。科学技術庁原子力安全局次長などを経て92~96年、IAEA査察情報処理部長として核爆発探知体制の構築にも携わった。日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)理事なども歴任した。

(2010年1月17日朝刊掲載)

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