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連載・特集

核兵器はなくせる 「核の傘」をたたむ日 <10>

■記者 「核兵器はなくせる」取材班

被爆国からの発信 核軍縮 研究者が具体策

 被爆者たちは一刻も早く核なき世界を実現するよう声を上げ続けてきた。そして被爆国日本は核兵器の非人道性を世界に訴え続ける道義的な責務がある。政権交代から100日が過ぎた今、その新政権は核兵器廃絶への具体的な行動をどう起こすのか。廃絶を口にしながら自国の安全保障は米国の「核の傘」に頼るジレンマをどう解消していくのか。原爆投下から65年の節目に、より説得力のある「被爆国からの発信」が求められている。

 昨年末、1冊の提言書「核軍縮・核拡散防止に向けて 日本からの10の提言」が完成した。執筆したのは国内の研究者9人。A4判、54ページに日英両語で、核兵器保有国や被爆国日本が果たすべき役割について10項目の具体的な提案が並ぶ。

 根底にあるのは「相互確証依存」の考え方だ。あらゆる分野で多国間依存を高めることにより、世界規模での安全保障を図る。提言は英語の頭文字を取り「MAD(Mutual Assured Dependence)」と表現する。それは冷戦期のMAD(Mutual Assured Destruction)、すなわち互いに相手をたたきつぶすまで攻撃・報復する「相互確証破壊」の考え方からの転換を強く意識している。

海外で意見交換

 提言作りの中心となったのは、東京大客員教授で今年から内閣府原子力委員会の委員長代理に就任した鈴木達治郎氏。パグウォッシュ会議のジャヤンタ・ダナパラ会長から、米紙ウォールストリート・ジャーナルに米国の元政府高官ら4人が寄稿したのを例に「被爆国日本からの発信を」と持ちかけられたのがきっかけだった。

 まず昨年1月、東京都内に米国や英国、オーストラリア、中国などの研究者約30人が集まり、核兵器のないアジアをどうつくるかをめぐり意見交換。これを受ける形で日本人9人が議論を重ねた。

 昨秋に草案ができあがると、鈴木氏らは米国、スウェーデン、中国を回り、現地のパグウォッシュ会議関係者から批評を受けた。「アジアだけではなく世界規模の提言に」との要望があり、北京での会合では「中国の脅威」について議論になったという。これらも盛り込んで完成させた。

 提言は、近く発表される米国の核戦略の基本指針「核体制の見直し(NPR)」や、昨年末に報告書を出した「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)」の議論に影響を与える狙いもあった。これらの関係者にも提言を説明したほか、メンバーは今後も日本の政策決定者へのアプローチを続ける構えだ。

「高い期待痛感」

 「提言の作成を通じ、日本への期待の高さを痛感した」と話す鈴木氏は、核兵器廃絶を唱えながら米国に「核の傘」を求め続ける被爆国の矛盾を整理する必要性を説く。「従来の論理で世界の理解を得るのは難しい。広島・長崎の声を基に、日本の安全保障策を冷静に考え直すときだ」

 しかし今のところ、政府に提言を受けた具体的な動きはうかがえない。日本とオーストラリア両政府が支援したICNNDの報告書にしても、5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議に向けて被爆国政府がどう活用するかは見えない。「あくまで政府案とは違う。平和市長会議が取り組むヒロシマ・ナガサキ議定書と同じカテゴリーだ」と外務省軍備管理軍縮課の鈴木秀雄課長は一定の距離を置く姿勢だ。

 「核兵器廃絶の先頭に立つ」と明言した鳩山由紀夫政権。新年度の政府予算案のうち核軍縮・不拡散に関する分野は総額103億2千万円で、本年度の103億1千万円と同規模だ。政権交代に伴う新味はうかがえない。


≪「日本からの10の提言」の概要≫

 (1)核兵器国は自国の核兵器の役割を他国の核使用を抑止することに限定する。そのために
    核兵器国がとる消極的安全保障、核先制不使用などの政策や行動を日本は積極的に支持
    する。

 (2)すべての核兵器国はNPTの下での義務を誠実に果たす。中国は米国との戦略的対話を
    通じ、安全保障について共通認識を深め、核兵器削減に取り組む。日本は2国間・多国
    間の対話を積極的に推進する。

 (3)核兵器の役割低下が北東アジアとその周辺での非核兵器の軍拡につながってはなら
    ない。日本は関係諸国と連携し、地域の協調的安全保障システム、軍備管理・軍縮の
    枠組みの構築を目指す。

 (4)核兵器につながる物資の製造者から最終使用者に至る供給チェーン全体で、非合法活動
    の防止措置を強化する。

 (5)被爆国日本がリーダーシップをとって核軍縮・不拡散教育を進める。

 (6)軍事転用が可能な核物質の増加につながらないよう「余剰ゼロ」の原則を国際規範とする。
    国際プルトニウム処分プログラムで削減を加速する。

 (7)濃縮・再処理施設を国際化し、複数の国・企業による所有・管理の形態をとる。濃縮ウラン
    については共同備蓄(国際燃料バンク)を設立する。

 (8)世界の原子力産業は核兵器の研究開発、製造、取得、利用に参加しない▽機微な技術は
    移転しない▽核物質管理・安全確保のためベストプラクティス(最良の方法)確立を目指す―
    の3原則を確立する。日本はこの規範を満たす企業にだけ融資する核不拡散・軍縮基金を
    設立する。

 (9)青森県六ケ所村の再処理施設の国際化や計画中止なども含め、核燃料サイクル政策の根
    本的見直しをする。高濃縮ウランや分離プルトニウムを使わない原子力システムの研究開
    発を促進する。

 (10)日本は核セキュリティー(核物質防護、核テロ対策など)の国内体制をさらに強化し、国際連
    携も強めてベストプラクティスの普及に貢献する。


日本はどう発信すべきか
「ピースボート」川崎哲共同代表に聞く

 被爆国日本は世界に何をどう発信するべきか。ICNNDの非政府組織(NGO)アドバイザーも務めた「ピースボート」の川崎哲共同代表に聞いた。

想像上回る政府の抵抗

 ICNNDの会合に参加したり、委員らと議論したりする中で驚いたのは、日本政府やその立場に近い専門家が表向きは核兵器廃絶を訴えながら、核軍縮のペースを速めようとする国際的な動きに、いかに抵抗しているかということだった。

 特に、米国の核兵器の役割を減らしていく方策に対する抵抗は想像をはるかに超えていた。「日本の意向があるから核の役割を減らせない」との声を聞いた。世界から「核軍縮のペースを速めれば日本は核武装するかもしれない」と本気で懸念されていることも痛感した。

 なぜそんなことになるのか。残念ながらヒロシマ・ナガサキではなく、東京にいる一部の外務、防衛官僚の言葉を「日本の声」だと受け止めている人がたくさんいるからだ。

 市民の力で逆転させる必要がある。「これが日本の声だ」と発信しなければならない。

オバマ氏の背中押そう

 具体的には、核兵器の役割を限定することへの支持を表明し、米国の核への依存を減らす努力をしなければならない。ICNNDも日本側の抵抗にもかかわらず、核兵器の役割を核攻撃の抑止に限定することを「短期目標」に盛り込み、「中期目標」では先制不使用の採用を勧告した。

 米国のオバマ政権の「核体制の見直し(NPR)」の議会提出が3月へと延期された。先制不使用政策と核兵器の近代化をめぐり、政権内部の意見が割れているのが理由と聞く。

 一方で鳩山政権はいまだに日本の核政策を打ち出していない。例えば国会演説などで「先制不使用を支持する。古い核兵器を退役、廃棄するのはよいことだ」と発信すれば、オバマ政権の背中を押すことになる。

抑止論主張 時代錯誤に

 核の役割の限定は、廃絶というゴールへの一歩にすぎない。ただ「核兵器は現時点では必要」として消極的に「核の傘」を受け入れている人たちと、「これぐらいならできる」と手を結び合う一致点にはなりうる。

 アジア経済がこれだけ相互依存を深めているのに、冷戦期と変わらない核抑止論を主張し続けるのはいかがなものか。核兵器が存在する方が危険という現実的な判断で、米国は「核兵器のない世界」を目指している。日本も言葉だけではなく、政策として支持を打ち出すべきだ。

 核の傘から出ることは、アジアに新しい平和と軍縮のメカニズムをつくること。それは日本単独ではできない。国を超えてNGOが連携し、市民の発信力を高めたい。

かわさき・あきら
 1968年東京都生まれ。1998年にNPO法人ピースデポ(横浜市)スタッフとなり、2000年から事務局長。2003年から現職。

相互確証破壊(MAD)
 敵対国の双方が、先制攻撃を受けても相手を壊滅できるだけの報復能力を温存する状態。互いに恐怖心により核兵器の使用を思いとどまり、結果的に核戦争を抑止するとして、東西冷戦期の米国やソ連が核軍拡を正当化する論理として使った。

核燃料サイクル
 原子力発電所の使用済み核燃料から、燃え残りのウランや生成されたプルトニウムを取り出す再処理をし、新たな燃料に加工して再利用するプロセス。資源の有効活用を目的とする国策で、プルトニウムとウランの混合酸化物(MOX)燃料を一般の原発で使う国内初の「プルサーマル」発電は昨年、九州電力の玄海原発(佐賀県玄海町)で始まった。それでも余剰プルトニウムの削減はほとんど進まず、再処理工場(青森県六ケ所村)もトラブルが相次いでいる。

(2010年1月24日朝刊掲載)

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