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連載・特集

核兵器はなくせる 「核の傘」をたたむ日 <11> 

■記者 「核兵器はなくせる」取材班

非核地帯条約 安全保障の道 実効性を

 北東アジアで核兵器に依存しない安全保障体制を構築する方策の一つが条約だ。地域の各国がこぞって核兵器の開発や配備をしないと誓い、核兵器保有国に対し核攻撃しないとの約束を求める。

 そんな非核兵器地帯条約は今、昨年発効した中央アジア(5カ国)、アフリカ(54カ国)を含め、世界の5地域で成立した。単独での「非核の地位」が国連で承認されたモンゴルを含めれば、実に119カ国・地域が「非核の傘」の下にある。

 北東アジアで実現するには、北朝鮮の核開発、日本と韓国に差し掛けられている米国の「核の傘」など、解決すべき難題が待ち構える。より実効性のある条約案をつくる知恵が求められている。

議員レベル 模索も

 「条約に基づく非核兵器地帯づくりこそが新たな安全保障の道だ」。元外務省原子力課長で外交評論家の金子熊夫氏(73)=東京都=が言い切る。1970年代から構想を練った案を1996年に米雑誌で発表。北東アジアでの非核兵器地帯条約にこだわり続けてきた。

 1964年、中国が核実験すると日本では中国脅威論がわき起こり、核武装論も出た。しかし被爆国は自前の核保有ではなく、米国の「核の傘」を選んだ。そして今、北朝鮮が核開発を進める。北東アジアは「核」の脅威から解放されないままだ。

 「冷戦思考から抜け出さないと北東アジアに悪い連鎖が続く。北朝鮮に安心材料を示さないと核武装の解除は難しいだろう」と金子氏。地域の国々が互いに非核を誓うだけではなく、条約に核兵器保有国も加わることで、核兵器による攻撃や威嚇をしない消極的安全保障に法的拘束力を持たせることができる。それがより安全な地域づくりになる。

 世界では核戦争の危険が高まった60年代以降、非核兵器地帯の合意形成が進み、これまでに五つの地域で条約が発効した。しかし米国など五つの核保有国はすんなりと消極的安全保障を約束しているわけではない。完全合意しているのは「ラテンアメリカおよびカリブ地域」だけ。金子氏の案は最初から核保有国を巻き込んで交渉を始めることで、実効性を持たせようとする。

 金子氏と並び、民間の立場から非核兵器地帯形成を強く提唱しているのがNPO法人「ピースデポ」特別顧問の梅林宏道氏(72)だ。「被爆国を抱える北東アジアは、世界の先例に学びながら、この地域の実情に合った内容にしなければならない」

 梅林氏が意識するのは、オーストラリアの「二重基準」だ。南太平洋非核地帯条約に入りながら、今も米国の「核の傘」の下にいる。

 梅林氏は2004年に発表したモデル条約案に、「核の傘」政策を放棄する条文を盛り込んだ。「日米安保の破棄までは言っていない。非核兵器地帯をつくるのだから核兵器には依存しないということを示すべきだ」

 そして今、この構想をどう政策レベルに引き上げるかが、民主党を中心とした新政権の課題に浮上している。

 民主党核軍縮促進議員連盟は2008年、梅林氏とほぼ同じ内容の条約案を公表した。党は2009年夏の衆院選で掲げた政権公約(マニフェスト)に、非核兵器地帯と直接は言及しないものの「北東アジア地域の非核化をめざす」とうたった。

 議連の事務局長を務める平岡秀夫衆院議員(山口2区)は「政府内の議論はまだ不十分。だが、できれば超党派で実現したい」と強調する。昨年11月にピースデポのメンバーと訪韓し、韓国の国会議員らとの会合に臨んだ。2月下旬には韓国から議員が来日する予定。まず互いの議員レベルで親交と討議を深め、いずれは北朝鮮へと広げたい考えだ。

 5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の直前には米ニューヨークで、世界の非核兵器地帯加盟国が集まる国際会議も予定されている。日韓両国議員のコーディネート役を務める梅林氏が強調する。「両国議員による声明を出せないかを探っている。北東アジアで非核兵器地帯を実現するには、世界の国々の側面支援が欠かせない」


<北東アジア非核兵器地帯のさまざまな提案>

●内容
 提案者・発表年

●「3+3」構想
 梅林宏道氏・1996年(2004年にモデル条約案を発表)

●板門店を中心に半径2000キロの円形案
 金子熊夫氏・1996年

●日本、韓国、北朝鮮、台湾を含む案
 アンドルー・マック氏(オーストラリア)・1995年

●板門店を中心に半径2000キロの円形案(その後、米国アラスカ州の一部も含む楕円形案を
 提案)※戦術核に限定
 ジョン・エンディコット氏ら(米国)・1995年


各国との合意形成の方策は
石栗勉・京都外大教授に聞く

 京都外大の石栗勉教授は国連勤務時代、中央アジア各国間の調整役として非核兵器地帯条約の実現に大きく貢献した。その体験を踏まえ、合意形成の方策や課題を語ってもらった。

構想進展へ 課題直視を

 非核兵器地帯を形成するには、すべての構成国が非核兵器国であることが大前提。北東アジアの場合、北朝鮮の非核化なしに実現の道は開けない。非核化した上でさらに関係国政府の合意形成を図るのは、一朝一夕にできるものではなく、前途は多難だろう。

 ただ何もしないと進展はない。朝鮮半島の非核化を目指す6カ国協議は政府間の対話だから、国同士のメンツがぶつかって難航が続いている。これを補完する別の対話チャンネルをつくり、北朝鮮の核放棄を含めた地域課題に向き合い、解きほぐすところから再出発してはどうか。

 その対話の場として「準政府」の半官半民会議が望ましい。民間だけでは国の政策に結びつきにくいからだ。例えば、冷戦後にできたアジア太平洋安全保障協力会議(CSCAP)は、アジアの国々に加えて米国もメンバーになっている。これを軸とし、各国の政府関係者や研究者が対話を積み重ねてはどうだろう。

 新たな安全保障政策へ踏みだすには、現状よりも安全が高まることが大原則でもある。核兵器に頼らない地域をつくることが「より安全と平和につながる」との共通認識に立たなければ、現状は変わらない。半官半民の地道な対話を通じて北東アジアの将来像を考えることが、結果として国家間の合意を紡ぐ近道になり得る。

核兵器国の理解が重要

 核兵器国の米国、ロシア、中国の行動を促す交渉も必要だ。現状を見ると、北朝鮮は米国の敵視政策を理由に核武装を解かない。日本と韓国が「核の傘」から出るにも周囲に核保有国が存在することが障害になっている。

 米国などが、非核兵器国には核攻撃をしない消極的安全保障をはじめ、主権尊重や国境不可侵を約束できるかどうかが北朝鮮の非核化に作用する。

 非核兵器地帯は地域の紛争を防ぎ、核不拡散の面でも貢献する。その効果を核兵器国にも再認識してもらわないといけない。

緊張緩和で信頼を醸成

 ただし非核兵器地帯は安全保障上の最終ゴールではない。圧倒的な通常兵力があれば脅威は存在する。中国は軍拡や兵器の近代化が指摘され、北朝鮮の化学兵器なども実態は不透明だ。

 情報を共有し、互いが脅威ではないと証明できる環境を整えないと信頼は醸成されない。北東アジアの緊張を総合的に緩和する議論の中で、非核兵器地帯実現への活路も模索するべきだろう。

いしぐり・つとむ
 1948年新潟市生まれ。早稲田大卒。1972年外務省に入り、1987年に国連軍縮局へ。1992年から2008年3月まで、国連アジア太平洋平和軍縮センター所長。2008年4月から現職。

(2010年1月31日朝刊掲載)

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