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連載・特集

核兵器はなくせる 「核の傘」をたたむ日 <13>

■記者 「核兵器はなくせる」取材班

市民の力 「国家の論理」崩す熱意

 核兵器を地球上からなくす障壁の一つが、それを持つことで自国が政治的に有利な立場になるとの「国家の論理」だ。これに対抗できるのは、核兵器の非人道性を実体験した被爆者の訴えであり、それに共感し連携して声を上げていく「市民の力」ではないだろうか。廃絶を目指す広島と長崎の取り組みから、市民が世界を変える可能性と必要性を探る。

禁止条約 世界へ提言

 核兵器のない世界に向けて行動する内外の非政府組織(NGO)関係者ら約400人が被爆地長崎に集った。6~8日にあった「第4回核兵器廃絶―地球市民集会ナガサキ」。その議論の柱の一つとなり、最終日に採択された長崎アピールにも盛り込まれたのが、核兵器禁止条約だ。

 この条約は核兵器の保有も開発も実験も、すべて禁止する。包括的核実験禁止条約(CTBT)が発効の見通しが立たず、兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約の交渉は始まらない。既存の核拡散防止条約(NPT)は核軍縮義務を課すとはいえ、一部の国の核兵器保有を認める―。そんな閉塞(へいそく)状況を打破しようとの提案でもある。

 条約案は1996年に「核兵器の使用・威嚇は一般的に国際法に違反する」との国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見を引き出すことに尽力した複数の国際NGOが翌1997年に発表した。2007年には改訂したモデル条約案を出した。

 「ICJの勧告的意見を発展させ、人道への罪である核兵器を違法化するべきだ」。条約起草にかかわり、今回の長崎集会に出席した英国アクロニム研究所のレベッカ・ジョンソン所長(55)が意義を強調した。

 同席した「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」の森滝春子共同代表(71)も、NGOの主導で禁止条約が実現した対人地雷やクラスター弾を念頭に「被爆地と世界の市民が一緒に声を上げる好機」という。核兵器を明白に違法化する条約は、「核の傘」の否定にも直結すると考える。

 市民の熱意の高まりを背景に、コスタリカとマレーシアは2007年のNPT再検討会議準備委員会に政府文書としてモデル条約を提出した。2008年には国連総会にも提案。潘基文(バンキムン)国連事務総長は同年に発表した核軍縮提言で、この条約を評価した。

 むろん課題はある。核兵器は地雷などよりも深く、国家レベルの安全保障戦略に直結する。国際社会が条約交渉のテーブルにつくのは容易でない。

 「まずは今年5月のNPT再検討会議を照準に、少しでも多くの国が演説などで禁止条約に触れるよう働きかける」とNPO法人ピース・デポ(横浜市)の梅林宏道特別顧問(72)。地道な努力を続ける構えだ。

 5月のNPT再検討会議に向け、被爆地広島の被爆者や市民も動く。

 広島市中区の「Yes!キャンペーン」実行委員会事務局。延本真栄子代表(61)は壁に張った白地図を指した。2020年までの核兵器廃絶への道筋を描く「ヒロシマ・ナガサキ議定書」について、被爆者らでつくる全国キャラバン隊の呼び掛けに賛同した自治体に色を塗っている。全国1772市町村のうち、既に730を超えた。

 キャラバン隊は昨年7月25日に発足。被爆者ら8人が交代で、全国行脚を続ける。核兵器を告発した岡本太郎氏の壁画「明日の神話」を誘致した東京都渋谷区には訪問を断られるなど、予想外の悔しさも体験している。

 「でも、ひざをつき合わせて被爆体験を語れば、多くの首長や担当者は真剣に聞いてくれる」と爆心地から2.3キロで被爆した田中稔子さん(71)=広島市東区。国内でも広島から離れれば、被爆体験を聞いたことがない人があまりに多いことも痛感するという。「私たちの世代がやるべきことは、まだたくさんある」

 実行委は近く日本政府に対し、議定書に賛同したうえでNPT再検討会議で採択を提案するよう求める。メンバーの渡部朋子さん(56)は「市民が国を動かす困難さは承知のうえ」としながら、こう続ける。「政府は米国ばかりを見て動こうとしない。でも市民は世界とつながり、その先を行っている」


「長崎アピール」の要旨

 (1)核兵器を禁止し廃絶する条約を準備するため、国家と市民社会で話し合うプロセスをつくる。
    各国政府に条約交渉の開始を要求。NPT再検討会議が、これに賛成するよう求める。
 (2)すべての核保有国が核兵器の削減と同時進行で、研究、開発、実験、部品の製造も中止
    するべきだ。核兵器の削減は、全般的な軍縮を推進する形で行われなければならない。
 (3)平和市長会議などの核軍縮運動を支持する。核兵器に反対する非暴力行動と、若い世代
    の参加を支持する。
 (4)中東、北東アジア、ヨーロッパ、南アジアなどでも非核兵器地帯や大量破壊兵器地帯を設立
    する。日韓両政府に対して、北東アジア非核兵器地帯の創設に向けた準備を始めるよう求め
    る。
 (5)被爆者に会い、核兵器使用の結果を自ら見てもらうため、オバマ米大統領ら世界の政治指導
    者が広島・長崎を訪問することを求める。


土山秀夫・長崎大元学長に聞く

平和運動の方向性は

 長崎の平和運動の支柱的存在であり、今回の地球市民集会ナガサキの実行委員長も務めた土山秀夫長崎大元学長(84)に、市民の役割について聞いた。

建設的発信 新たな流れ

 今回の集会では(1)「核の傘」に頼る国の取るべき政策(2)「核兵器禁止条約」の実現(3)被爆2世や戦後世代が核兵器廃絶運動をどう受け継ぐか―の各テーマで活発な議論と具体的な提言があった。市民社会から政府へ向けた建設的な発信は廃絶運動の新たなスタイル。その流れができつつあると感じている。

 米国にオバマ大統領が誕生したことは核兵器廃絶への大きな追い風となった。被爆者も「やっと私たちの気持ちが世界に理解され始めた」と期待を膨らませている。だからこそ今は、オバマ氏頼みではなく、市民社会の本領が試されている。

意図や動機 日米で違い

 オバマ氏は「核兵器が存在する限り、効果的な核抑止力を維持する」とも明言している。(シュルツ氏ら4人の)米の元政府高官らがウォールストリート・ジャーナル紙で提言した「核兵器のない世界」も、核拡散や核テロの防止という戦略的な判断から生まれたものだ。米国の核兵器への依存姿勢は変わっていない。

 一方、日本にあるのは、被爆体験に立脚し「核兵器は絶対に許されない」との倫理的・道徳的な立場で訴えている廃絶運動だ。モデル核兵器禁止条約も同様の理念を持つ。米国の廃絶論と私たちが目指すものは、ゴールは同じかもしれないが、意図や動機はまったく違う。そこにこだわるべきだ。

批判と要望 継続が必要

 オバマ氏らの理念をただ歓迎するだけではなく、市民の視点で批判すべきところは批判し、行動を伴うよう求めていかなければならない。同時に、米国の「核の傘」に依存し「武力には武力で」と考えてきた日本政府に対しても、核兵器国と同様に厳しくただしていくべきだ。

 核兵器廃絶への道の険しさは変わっていない。ハードルはいくつもある。私たちはさらに気を引き締め、その困難を越えるための提言を市民の目線で続けなければならない。

つちやま・ひでお
 1925年長崎市生まれ。長崎医科大(現長崎大医学部)在学中に入市被爆した。1988年から1992年まで長崎大学長。「世界平和アピール7人委員会」委員。

国際司法裁判所(ICJ)
 オランダ・ハーグにある。国家間の国際紛争を法的に解決したり、国際機関の求めに応じて勧告的意見を述べたりする権限がある。核兵器をめぐっては国連の要請を受けて審理。1995年、当時の平岡敬広島市長は国際法に違反すると主張し、日本政府は違法とはしなかった。1996年に出した勧告的意見は、「核兵器の使用や威嚇は国際法や人道に関する法律に一般的に違反する」。ただし国家が存亡の危機にある極限状況で、自衛が目的の場合については、違法か合法かを判断できないとした。

(2010年2月14日朝刊掲載)

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