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連載・特集

核兵器はなくせる 「核の傘」をたたむ日 <15> 

■記者 「核兵器はなくせる」取材班

世界をリード 被爆国の責務

 唯一の被爆国として日本は、核兵器廃絶を訴え、同時に自国の安全を守るために米国の核抑止力が必要と考えてきた。

 しかし、そんな自己矛盾を解消し、核兵器ときっぱり絶縁することこそが、被爆国の道義的責任ではないだろうか。北東アジアは不安定な地域だからこそ、日本が率先して「核の傘」から抜け出る意義は大きいのではないだろうか。

 しかもそれは決して実現不可能な絵空事ではない。「核の傘をたたむ日」を描いてみる。


なぜ傘をたたむべきか

被爆者の思い 同じ苦しみ生ませない

 「核の傘」に頼ることは、核兵器の存在とその役割を認めることになる。被爆者にとっては、先制攻撃も想定した核抑止力に自国の安全を委ねる日本政府の姿勢と立場は、再び自分たちと同じ苦しみを味わう人が生まれることを肯定していることに等しい。

 「核は『悪魔の兵器』。被爆国がそれに頼るのは言語道断だ」

 日本被団協の田中熙巳(てるみ)事務局長は、被爆者援護や核軍縮の分野で政府側に被爆者の声を伝える機会が多い。最近では昨年秋、「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)」で日本政府関係者らと意見を交わし、被爆国の核兵器信仰の根強さをあらためて痛感したという。

 「いざとなったら使うのが核抑止力の本質だ。この状態を真っ先に解消するのは、被爆国として当然のこと」と語気を強める。

負のスパイラル解消へ 軍拡競争から抜け出す

 国家間の緊張を軍事力で抑えようとすると、相手も警戒して軍事力を拡大させる。そして、さらに強力な兵器が必要になる―。

 「軍拡競争という安全保障のジレンマが『負のスパイラル』を生み、それに深く陥っているのが、ほかならぬ北東アジアだ」。NPO法人ピースデポ(横浜市)の中村桂子事務局長は、今月上旬に長崎市内であった「核兵器廃絶 地球市民集会ナガサキ」で指摘した。

 日本と韓国が米国の核抑止力を維持したままで、北朝鮮に核放棄を迫るだけでは、負のスパイラルから抜け出せないだろう。日本が率先して核の傘に決別することこそ、軍事力に偏重しない地域の安全保障体制をつくる要ではないか。

信頼醸成の一歩 廃絶への道 説得力増す

 「日本政府がいくら核兵器廃絶を訴えても、一方で核兵器は必要と言っていては世界からまともに相手にされない」。広島市立大広島平和研究所の浅井基文所長はかつて、外務省職員として世界の冷ややかな視線を感じてきたという。

 そうした二重基準を解消し、「核の傘」に頼らないと国際社会に宣言する。そのことで「中国などアジア諸国からやっと、地域の平和と安全の構築に対して日本は本気になったと認めてもらえる」。それが核兵器廃絶の訴えに、より強い説得力を与える道となる。

核軍縮を促進 保有国の理由にしない

 核兵器の削減は一義的には保有国の責任である。だが、日本が米国の「核の傘」への依存をなくしていくことは、核兵器の役割を減じていくことにつながる。核軍縮にとって前提条件であり、必須条件でもある。

 核兵器の保有国、とりわけ米国が保有の理由に挙げるのは、同盟国に提供する核の傘の維持だ。

 今月19日、日本の超党派の国会議員204人は連名で、核兵器の役割を核兵器の使用抑止に限定するようオバマ米大統領に求める書簡を出した。

 東京都内の米大使館でジョン・ルース駐日大使と面会した平岡秀夫衆院議員(山口2区)は「日本が、米国の核軍縮を阻む理由にならないようにしたい」とその狙いを語った。


傘から出た後は

廃絶へ法的拘束力を 北東アジアで条約実現

 日本が「核の傘」から出ることで、世界に向けて核兵器廃絶を堂々と主張できるようになる。その廃絶を間違いなく進めるには、核兵器の使用や保有、製造をさせない法的な縛りを設ければいい。

 今なお構想段階にとどまる北東アジア非核兵器地帯条約の実現もその一つ。日本と韓国、北朝鮮を「非核の傘」で覆い、米国とロシア、中国が消極的安全保障を約束するのが具体化への主な方策となる。実現するには韓国にも核の傘からの離脱で同調を求め、朝鮮半島の緊張を和らげることが欠かせない。

 同時に大量破壊兵器をなくそうとする中東などの動きを支援し、地球を非核兵器地帯で覆うことを目指す。

 また国際的な非政府組織(NGO)が相次いで提唱している核兵器禁止条約も有効な手段となる。核兵器の使用・威嚇だけでなく、廃絶の完全達成をうたう内容は被爆地広島、長崎が訴え続けてきた願いと重なる。

 早稲田大の浦田賢治名誉教授=憲法学=も「核抑止力による対立構造を地球上から取り除く。そのステップを踏み出すときだ。それにより人類を破滅に導く核兵器をゼロにする道がより明確にできる」と説く。

脅威なくす努力 北朝鮮や米中にも説得

 日本が「核の傘」から出ることで、北朝鮮や中国に核兵器廃絶を呼び掛ける説得力が増す。それは北東アジアが陥る「負のスパイラル」から脱し、「正のスパイラル」への一歩にもなる。

 日本は北朝鮮に核放棄を説得する。一方、非保有国となった北朝鮮に核兵器の使用・威嚇をしないよう米国に「消極的安全保障」を求める。これにより、停滞する6カ国協議が再開する条件も整う。このテーブルを使って中国にも核軍縮や廃絶も求め、日本への核攻撃の可能性をぬぐい去っていく。

 「互いの脅威を解きほぐすことで、北東アジアに残る冷戦構造に終止符を打てる」と、日本軍縮学会長を務める大阪女学院大の黒沢満教授=軍縮国際法=は強調する。

相互依存の拡充 安全保障 経済や外交で

 日本が非核三原則を法制化することは、核武装しないことだけでなく、核兵器に頼った安全保障政策をとらないことを世界にアピールすることでもある。そのうえで多国間の相互依存関係を強め、経済や外交面を基本とした安全保障を図る。

 福島大の黒崎輝准教授=国際政治=は「安全保障は武力だけでは語れない。経済や文化など幅広い交流がさらに信頼感を高める」と指摘する。

 軍事緊張が弱まれば、中国や北朝鮮に対して日本が備えるミサイル防衛(MD)などの在り方も問われる。防衛費削減などの効果も期待できる。


被爆国のあるべき姿は
平岡敬前広島市長に聞く

 1997年8月6日の平和宣言で「核の傘に頼らない安全保障体制構築への努力」を日本政府に求めた平岡敬前広島市長(82)に、被爆国や被爆地のあるべき姿を聞いた。

核兵器使用 違法認識を

 96年に国際司法裁判所(ICJ)は「核兵器の使用や威嚇は一般的に違法」と勧告的意見を出した。その審理の過程で広島市長として意見陳述し「核兵器の使用は国際法違反だ」と訴えた。「米国の原爆投下は間違いだった」と明確にしない限り、核兵器は再び使われる可能性がある、との思いからだ。

 しかし、日本政府は違った。当時の河野洋平外相から事前に「国際法違反と言わないでくれ」という話があった。政府は人間の視点ではなく、米国への遠慮が先に立っていた。このことへの批判が97年の平和宣言の基になった。

他国の関係 幅広く議論

 インドが核実験をしようとしていた98年4月、原爆展を開くため同国を訪問し、当時のカント副大統領に実験の中止を要請した。すると、切り返された。「日本は米国の核に守られているのに、他の国には『持つな』と言えるのか」と。

 ショックだった。やはり「核の傘」という矛盾は解消しなければならない。そうしなければ、ヒロシマの訴えは世界に説得力を持たない、と痛感した。

 核の傘を返上するには、地域の緊張関係を軍事力ではなく話し合いで解決するという姿勢が基本となる。傘から出ると決め、そして日本の安全保障のために何が必要かを考える。当然、北朝鮮とも国交関係を持ち、話し合いをすることが前提だ。そして、地域の信頼醸成を深めることが欠かせない。

 具体的にどうやって周りの国々と仲良くしていくか、米国との関係はどう変えていくべきか。幅広い議論が必要だ。

ヒロシマの主体性必要

 その意味で、米国のオバマ大統領の人気に依存している最近の動向には危機感を抱く。

 私たちは「プラハ演説」の良い部分だけ取り上げ、核抑止力の維持も同時に強調していることや、原爆の投下責任自体には答えていないという別の側面を見ないようにしているのではないか。オバマ氏に過剰な期待を抱くほど、核兵器廃絶の前に立ちはだかる本当の問題が隠れてしまう。

 私たちがなすべきことは、スローガンとして廃絶を訴えるだけではない。核兵器も、力による戦争も否定すること。そのために何が必要かを、ヒロシマとして主体性を持って自由で幅広い議論をしなければならない。「傘」を出ようとするのも、その流れの中にある。

ひらおか・たかし
 1927年大阪市生まれ。52年に中国新聞社に入り、中国放送社長を経て91年から99年まで広島市長を2期務めた。現在、中国・地域づくり交流会会長。


広島修道大生が提言
新たな安保体制確立を

 「核の傘」から抜け出す方策について、広島修道大の佐渡紀子准教授=国際安全保障論=のゼミで学ぶ6人に提言をまとめてもらった。

 被爆地で生活する私たちは、冷戦終結後も日本が米国の「核の傘」に守られていることに違和感を覚えている。しかし傘から出るには、傘への依存の根拠となっている不安定要素を取り除くことが重要だ。その方策と課題について、私たちは現実論と理想論を交えて議論を重ねた。

■なぜ脱「傘」か

 日本は唯一の被爆国であり、核兵器廃絶を訴えている。しかし、自らは核の傘に守られていては、説得力はない。一方で日米安保体制は半世紀以上も続き、もはや破棄することができないほど緊密になっている。このため現実的な道として核兵器に依存しない日米同盟を目指すべきだと考える。

 そうして初めて日本は核兵器廃絶の分野で世界のリーダーシップを発揮できる。

■日米関係

 米国に「核の傘はいらない」というと、日米関係が不安定になる可能性がある。「日本はもはや米国の力を必要としないのか」との疑念を持たれる恐れがあるからだ。それは日本にとって得策ではない。

 このため米国と共同歩調を取ることができる国際貢献の内容や手続きを明確にし、それによって迅速な対処ができるようにする。その貢献の内容は武力行使を伴わないという憲法の理念を尊重したものである必要がある。

 日本の技術力を生かし、環境やエネルギー問題の解決などについて米国とともに世界的なリーダーシップを発揮する。それを通じてほかの国からの信頼を得ることで、安全保障を図る。

 また日本の核武装への懸念を招かないよう、核拡散防止条約(NPT)など既存の国際条約上の義務を再確認するとともに、非核三原則を法制化して、核兵器を保有しないことを宣言する。

■信頼醸成

 特に中国との間で若い世代の交流を推し進め、相互理解を深める。真の友好を阻む歴史認識ギャップを埋めるため、日本における歴史教育を拡充する。

 さらに経済関係の強化を通じて相互依存関係を深化させる。将来的には、日米中を中心とした地域的安全保障体制の構築を目指す。

■市民の役割

 われわれの責任も自覚するべきだ。広島に育ち、当然のように「核兵器はあってはならない」と考えてきた。多くの人が同じ思いだろう。ただ、どうやったら実現するかの具体的な方法についての議論は十分ではないと考える。

 日本の安全保障と、それがほかの国々に与える影響について幅広く考えるべきだ。単純な問題ではない。私たち若い世代も国際情勢を正しく理解するため、新聞など多様なメディアを活用し、より知る努力をする。そして日本の政策に反映させる姿勢を持つべきだ。


 連載「『核の傘』をたたむ日」編は今回で終わります。吉原圭介、金崎由美、林淳一郎が担当しました。3月以降も「核兵器はなくせる」を連載します。ご意見をお寄せください。電子メールpeacemedia@chugoku-np.co.jp

(2010年2月28日朝刊掲載)

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