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核拡散防止条約(NPT)5月に米で再検討会議

■記者 馬上稔子

 核軍縮・不拡散の行方を左右する核拡散防止条約(NPT)再検討会議が5月3~28日、米ニューヨークの国連本部である。5年前の前回(2005年)は何ら実質合意に達することなく、大失敗に終わった。核兵器廃絶への国際機運が高まる中で開かれる今回の会議で、世界は廃絶へと着実な歩みを進めることができるのか、あるいはさらなる核拡散を招くのか。被爆地広島をはじめ各地から被爆者や市民も現地に集い、その論議を見守る。

開け核なき世界の扉

 前回(2005年)の再検討会議は中東諸国と米国との対立を軸に、まったく成果を見ないまま幕を閉じた。核兵器廃絶に向け「明確な約束」をした前々回(2000年)とは一転して後味の悪い結末に、被爆地をはじめ世界が落胆した。

 それから5年。昨年1年間で廃絶への国際機運が一気に高まっただけに「今回こそは」の期待が高まる。「原爆投下国としての道義的責任」と明言したオバマ米大統領の4月のプラハ演説、呼応して「被爆国としての道義的責任」に触れた鳩山由紀夫首相の9月の国連演説。さらに12月の潘基(バンキ)文(ムン)国連事務総長のスピーチも含め、リーダーたちは昨年、口々に廃絶努力を誓った。

 世界の有識者が名を連ねる「グローバルゼロ」、核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)、ノーベル平和賞受賞者17人によるヒロシマ・ナガサキ宣言など、廃絶の必要性や必然性を訴え、その道筋を描く提言も相次いだ。

 一方で北朝鮮は核開発を続け、世界は核テロの恐怖におびえる。拡散に歯止めがかからない。さらにインド、パキスタン、イスラエルの3国はNPTに未加盟のまま核兵器保有をやめない。

 こうした状況から、今回の再検討会議の重要性を指摘する専門家は少なくない。核軍縮・廃絶への期待が高まるだけに、会議が失敗に終われば非保有国の不満がさらに先鋭化する懸念があり、NPT体制を根底から揺すぶるためだ。

 2020年までの廃絶をめざして平和市長会議が提唱する「ヒロシマ・ナガサキ議定書」が今回採択されるかどうかも、国際社会の本気度を占う試金石となりそうだ。

 軍縮か、さらなる拡散か―。条約発効から40年のNPT体制が、その真価を問われる。


届けヒバクシャの声

 NPT再検討会議の期間中、核兵器廃絶への思いを直接訴えようと、被爆地広島をはじめ日本各地から被爆者や市民が米ニューヨークの国連本部へ向かう。会議開会直前の5月2日、世界各地の平和団体が集結し、マンハッタンでのデモ行進や集会も予定している。

 日本被団協は坪井直代表委員(広島県被団協理事長)を団長に、約50人を派遣する。うち10人は広島から。現地では各国の国連代表部に核兵器廃絶を働きかけ、再検討会議会場の国連本部ビルで原爆展を計画。近隣の学校での被爆証言も予定している。

 日本原水協は総勢で約1200人と大規模派遣団を組む。米国や欧州の平和団体と国際平和会議を開くなどニューヨークでの活動のほか、18グループに分かれ、ネバダ州など米国内も巡る。もう一つの広島県被団協(金子一士理事長)の10人や在韓被爆者やマーシャル諸島、ネバダ州核実験場近くの被曝(ひばく)者らとも合流する。

 さらに、日本被団協とともに集めた1千万人超の署名を再検討会議に提出。ニューヨーク市内でも市民から署名を集める。

 原水禁国民会議は20~25人を現地に送る計画。2日のデモ行進に加わるほか、ネバダ州核実験場などの視察も検討している。

 日本生活協同組合連合会は約70人を派遣。日本被団協と連携し原爆展運営にもあたる。

 このほか、広島平和文化センターのスティーブン・リーパー理事長は現地の日本人らと協力。通訳サービスや情報提供などで被爆者らの行動をサポートする予定だ。また、核兵器廃絶をめざすヒロシマの会は原爆や劣化ウラン弾の被害を訴える写真展のほか、ニューヨーク市立大でのシンポジウムも企画している。

 個人レベルでの取り組みもある。平和市長会議が提唱する「ヒロシマ・ナガサキ議定書」への賛同を全国の市長らに呼び掛けているYES!キャンペーン実行委員会の磯博夫さん(68)=福山市=は米国の市民団体と協力し、ニューヨーク市内の高校などで被爆体験を伝える。講釈師の緩急車雲助(本名久保浩之)さん(78)=呉市=も紙芝居を携えて渡航し、原爆投下を告発する自作の講談を披露するつもりだ。


日本被団協代表委員 坪井直(すなお)氏(84)に聞く

 ―今年の再検討会議をどう展望しますか。
 日本被団協が派遣する被爆者50人の団長として現地に行く。オバマ米大統領によるプラハ演説、ノーベル平和賞受賞者による「ヒロシマ・ナガサキ宣言」など、昨年は核兵器廃絶に向けて世界が大きく動いた。何より米国が先頭に立っていることが素晴らしい。何も決まらずがっかりした前回と違い、今回は何らかの合意や、廃絶に向けた約束が交わされると期待している。

 ―具体的には。 
 核軍縮義務を明記したNPT6条をさらに強化する約束をしてほしい。何年までにゼロにするのか、具体的な期限を決める必要がある。また、3条が定める原子力平和利用についても、国際管理をさらに厳密にすることが必要だ。一部の国にだけ保有を認めるNPTは「不平等だ」との批判もあるが、この条約がなければ核実験をする国がさらに増えていたかもしれない。NPTを守ったうえで核兵器ゼロに向けて進む努力が必要だ。

 ―現地で何を訴えますか。
 この5年間、私たちは世界的な大きな運動の輪に入っていなかったとの反省もある。国内では原爆症認定集団訴訟を機に、認定基準の一部見直しにつながった。しかし世界的な核兵器廃絶の問題にどの程度取り組めたか。もっとできることがあったのかもしれない。

 今回、国連本部ビルでの原爆展のほか、市内の学校や教会で被爆体験を話す。各国の大使館を訪問し、直接訴える予定もある。大人数で行くのはこれが最後かもしれない。前回行った人も今回は体力的に断念する人がいる。だからこそ今回は成果を出したい。

 ―日本政府に要望したいことは。
 今回、廃絶を求める全国1千万人の署名をニューヨークに持って行く。せっかく苦労して集めたのだから、無駄にしたくない。ただ英語が分からない人もいるし、各国の政府高官に面会するにも一苦労しそうだ。日本政府がサポートしてくれればありがたい。

 核をめぐる外交政策の面では、もちろん、被爆国として「核の傘」から出る努力をしてほしい。

核拡散防止条約(NPT)
 米国、ロシア、英国、フランス、中国の5カ国を核兵器保有国とし、(1)保有国の核軍縮義務(2)それ以外の国への拡散防止(3)原子力の平和利用―の3本柱を定めている。1970年発効し、約190カ国が加盟。インド、パキスタン、イスラエルは未加盟で、北朝鮮は脱退を表明した。5年に1度の再検討会議では、核軍縮、不拡散、原子力平和利用の3分野で加盟国が条約の運用状況を討議、検証する。


米主導 よい影響与える 仏・露は反対も
大阪女学院大・黒沢満教授

 2009年はオバマ米大統領によるプラハ演説にはじまり、主要国首脳会談(G8サミット)、国連安全保障理事会首脳級特別会合での決議など、核軍縮に向けたよい雰囲気が生まれた。しかし、各国の具体的な行動はこれからで、どの程度の行動をするのかもはっきりしていない。楽観主義的にもなれるが、慎重に今後の進み具合を見なければいけない。

 前回(2005年)の再検討会議が失敗したのは、米国が「自分たちは軍縮しないが、不拡散は強化する」と勝手な主張を続け、ほとんどの非核兵器保有国の反発を招いたため。その失敗を繰り返さないためには、米国のリーダーシップと他国の協力が必要だ。

 今回はオバマ大統領が国際協調路線を取り「核兵器のない世界」へリーダーシップを取ると言っている。この変化がよい影響を与えるのは間違いない。あとは、少数の国が反対したときにどう解決するかが課題だ。

 2009年9月の安保理決議により、核軍縮に必要な最低限の約束はできている。この決議は、2000年の再検討会議での合意より、さらに前進した内容だった。現時点でこの合意があるのだから、今年は2000年以上に進むだろう。

 ただ、大国としてのステータスを維持したいフランスと、核抑止力を持ち続けたいロシアがネックになる可能性はある。

 平和市長会議が提唱している「ヒロシマ・ナガサキ議定書」の採択は難しいかもしれない。だが、核兵器廃絶の発信として重要であり、意義は大きい。影響力の強いメッセージだ。(談)


国連安保理決議1887(2009年9月)の骨子

・安保理は核拡散防止条約(NPT)の目標に従い、核兵器のない世界に向けた状況を生み出すこ
 とを決意
・NPTは核不拡散体制の要で、核の平和利用の不可欠な基礎
・核兵器保有国による軍縮の取り組みを歓迎。さらなる取り組みを行う必要性を強調
・非核地帯条約のための措置を歓迎、支援
・(北朝鮮に核開発停止などを求める)安保理決議825(1993年)などを再確認
・(イランに核開発停止などを求める)安保理決議1696(2006年)などを再確認
・核テロの脅威を深刻に懸念し、核物質や技術支援がテロリストに渡るのを防ぐ措置の必要性を
 認識
・2010年のNPT再検討会議の成功に向けて協力
・包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効
・兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約の早期交渉開始
・核不拡散体制に対する挑戦に懸念を表明

<過去3回の再検討会議の結果>

1995 ・条約の無期限延長を決定
     ・再検討プロセスの強化
     ・中東決議(非大量破壊兵器地帯創設など)

2000 ・核兵器廃絶の「明確な約束」を含めた13項目を柱とする最終文書を採択

2005 ・実質的な合意ゼロ


(2010年1月1日朝刊掲載)

 

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