連載・特集

■記者　宮崎智三、桜井邦彦、門脇正樹、加納亜弥


　８月６日夜、爆心地に近い元安川（広島市中区）の水面は、慰霊の言葉を記した約１万個の灯火が揺らめく。原爆死没者を追悼するとうろう流し。その実行委員会にここ数年、原爆で兄を亡くした姉妹から、代筆を請う手紙が届くようになった。「元気だったら、お参りするのに」と。

　２人とも被爆者ではない。姉は庄原市の加藤茂子さん（８４）。優しかった兄に近況を報告したい。妹は呉市の瀬尾澄江さん（８１）。鎮魂の俳句を詠む。昨年夏、その妹からの便りが途絶えた。

　今月半ば、広島修道大３年の保田麻友さん（２０）＝南区＝と広島工業大大学院１年の高森真理子さん（２３）＝佐伯区＝が、瀬戸内海を望む瀬尾さん方を訪ねた。足腰が衰えた被爆者や遺族に代わり、「伝言のとうろう」を流そうと、実行委が新設したボランティア組織のメンバーだ。

　夫の昌司さん（８２）が申し訳なさそうに出迎えてくれた。「近ごろ話が通じにくくなってね」。ベッドわきに通された。瀬尾さんは、かわいがっていた長男の嫁が昨年死去したショックで、寝たきりになったという。昌司さんの助けで体を起こした。カラオケ好きだった張りのある声は、今では聞き取るのがやっとに。２人が口元に近づく。

　兄の小林雅義さんは当時２７歳。爆心地から約１．５キロの千田町（中区）で被爆し、似島の臨時野戦病院に運ばれ、２日後に息を引き取ったらしい。捜しに行った父は遺骨を見分けられず、母校の県立工業学校（現県立広島工高）の校章入りのバックルだけ見つけた。広島県田森村（現庄原市）の家に持ち帰り、墓に納めた。

　ここまでで３０分間。疲れた瀬尾さんが、ひと息ついた。２人はおずおずと質問を始めた。お兄さんの人柄は、死の知らせを受けたときの気持ちは―。瀬尾さんは言葉に詰まった。

　「なけなしの月給で切れを買ってくれてね。オーバー（コート）を作りました」「お経より大きい声で泣きました」…。

　断片的な答えは、愛情に満ちていた。２人にはそれで十分だった。

　とうろうに何を書きましょうか。２人の問いかけに、「俳句はもう頭に浮かばん」と瀬尾さんは首を振る。３人でしばらく相談した。「みんな元気で仲良く暮らしましょう」。保田さんが油性ペンで和紙にしたためた。

　「みんなであっちで仲良うしてね。私はまだよう逝かんのじゃ…」。瀬尾さんは枕元から２枚の写真を取り出した。１枚には兄や父、もう１枚は嫁が写る。「これも張られんでしょうか。気持ちを、思いを一緒に流してもらえんですかねえ」

　思わぬ申し出に２人はためらった。写真のコピーを流すことで折り合いをつけた。

　「来年も必ず来ます」「ありがたいことです」。別れ際にみんなで、記念写真を撮った。

（２００５年７月２７日朝刊掲載）