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連載・特集

被爆65年 「黒い雨」に迫る <4> 科学と行政

■記者 明知隼二

心への影響 大規模調査

 原爆は被爆者だけでなく「黒い雨」体験者にも心理的な影響をもたらした―。広島市の原爆被爆実態調査研究会が3月末、2年がかりの大規模調査の結果を取りまとめた。市はこれを基に、第1種健康診断特例区域(黒い雨の大雨地域)の拡大を国に働きかける。

 研究会の座長を務めた広島大原爆放射線医科学研究所の神谷研二所長(59)が指摘する。「旧ソ連のチェルノブイリ原発事故でも多くの周辺住民が、うつやアルコール依存症で生活破綻(はたん)に陥った」。目に見えぬ放射線を浴びる恐怖は心理面にとどまらず、身体や暮らしへと影響を増幅させていく。

 今回の調査には前段があった。市は2002年、1万人を対象に郵送アンケートを実施。「黒い雨体験者は今も心身に影響を受けている」との結果をまとめ、国に指定地域拡大を求めた。国の回答は「調査方法が不十分」だった。

 再挑戦となる今回、市はアンケートを3万7千人規模へと拡大するとともに、臨床心理士による個別面談を一部で実施。質問票や面談を通じて心的外傷後ストレス障害(PTSD)や抑うつ、不安などを数値化する専門的な手法も採り入れた。市原爆被害対策部調査課の漆原正浩課長は「極めて科学的な調査だ」と自信をみせる。

 地域拡大には先例がある。国は02年、原爆の心理的影響があったとして「第2種健康診断特例区域」を長崎で新設した。爆心地から半径12キロ以内にいた「被爆体験者」が対象。しかし全国被爆2世団体連絡協議会前会長の平野伸人さん(63)によると、地元では「成功した失敗例」と語られているという。

 第2種では、援護対象は精神疾患とそれに伴う身体症状に限られる。しかも精神疾患が認められると交付される被爆体験者精神医療受給者証には「放射線の影響はありません」と明記され、がんなどは医療費支給の対象外。被爆体験者の間でも不満は根強く「広島に同じ失敗をしてほしくない」と平野さん。

 一方、広島市は今月中にも、より広範囲に黒い雨は降ったことも根拠に、あくまで第1種区域の拡大を国に要望する構えだ。つまり、黒い雨に伴う放射線の人体影響については未解明な部分が多いものの、国がどこまで考慮するかが焦点となる。

 放射線影響研究所(放影研)の重松逸造名誉顧問(92)=東京都目黒区=は「ある被爆者のがんの原因が放射線かたばこかを区別するのは不可能」と医学の限界を説明したうえで、こう問い掛ける。「だからこそ(原爆症認定訴訟で)司法は『疑わしきは救う』の姿勢を見せてきた。科学の判断とは別に、行政としての救済が必要ではないか」

 被爆国政府が、その判断を迫られる。


≪黒い雨体験者と長崎被爆体験者に対する現行の援護内容≫

黒い雨体験者(大雨地域)

地域指定             第1種健康診断特例区域
定期健康診断          年2回
希望による健康診断(随時) 年2回
がん検診             年1回(希望による健康診断を振り替え)
その他               がんや肝硬変など、国が定める疾病が見つかれば、被爆者健康手
                   帳に切り替えることができる

●長崎被爆体験者

地域指定             第2種健康診断特例区域
定期健康診断          なし
希望による健康診断(随時) 年1回
がん検診             なし
その他               うつ病や不眠症などの精神疾患や、それに伴う身体症状に医療費
                   を支給。ただし放射線の影響はないとの前提で、がんなどは対象外
                   。被爆者手帳への切り替えもない

(2010年7月8日朝刊掲載)

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