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連載・特集

ヒロシマ 次代の表現 <3> 漫画家 山田雨月さん

■記者 伊藤一亘

民喜の世界 絵に映す

 広島を襲った悲劇が、一こま一こま、絵とせりふでつづられている。次々と人が死んでいく地獄のような惨状を言葉少なに見つめる主人公の表情が、揺れ動く心を映し出して、小説とはまた違った印象を与える。

 広島市出身の作家、原民喜(1905~51年)が自身の被爆体験を基にした小説「夏の花」。原爆投下直前の様子から、被爆当日、そして一家が郊外へ避難していく人間模様を描いた3部作を漫画化した。

 小説を基に漫画を描くのは初めて。「夏の花」もほとんど読んだことがなく、「ストーリーを理解するのに苦労した」と打ち明けた。亡き妻を題材にした「美しき死の岸に」など、別の小説にも触れて民喜へのイメージを膨らませた。「きれいな言葉とちょっと離れたところから見た感じが印象的。何度も読み返すことで頭に映像が浮かぶようになった」という。

 ふだんは少女漫画の制作が中心。今回は子ども向けにならないよう「軽いタッチのすっきりした絵」を意識した。こまもオーソドックスな四角形を軸に、しっかり景色を描くために横長の構図を活用。特に、郊外に避難する一家の乗った荷馬車が、廃虚になった町を抜けて穏やかな自然が広がる風景のシーンなどで効果を発揮している。

 一方、負傷者の姿はシルエットなどを使い、あまりリアルにならないようにした。「民喜の透明感のある文体を絵で表現しようと心掛けた」  自ら物語に入るのに苦労したぶん、読者に分かりやすい漫画を目指した。漫画の「設計図」ともいえるこま割りと簡単な絵、せりふを配した「ネーム」の作成に多くの時間を割いた。スムーズに読めるように3部作を発表順とは違う「壊滅の序曲」「夏の花」「廃墟から」と時系列順に並べるなど工夫し、ほぼ3分の1ずつの約200ページにまとめた。

 民喜の実家と1.5キロも離れていない広島市中区西白島町で生まれ育った。今回の執筆のために何度か帰省。民喜のおい、原時彦さん(75)=西区=らに取材。中区幟町の実家で被爆した民喜が、縮景園から広島東照宮へと避難したルートもたどった。

 祖母と父は被爆しており、2歳だった父は一時、命の危機にもあったと聞いた。「父が原爆の犠牲になっていたら、自分は存在しなかった。そう思うと、原爆を生きのび、『このことを書き残さねば』と悟った民喜につながるような不思議な感じがする」と語る。

 民喜の世界を表現しきれたかどうかは「難しい」という。「読んだ人には、それぞれが思い描いた『夏の花』の映像があるから。ただ、広島で生まれた人間として、広島の人に読んでもらっても恥ずかしくない作品にしたかった」

 小さいころから夢だった漫画家。「小学生のころ、『広島で生まれた私に描けるのは、原爆を題材にした漫画かな』と考えていたのを思い出した」。次作の構想はまだないが、新しい一歩への手応えを感じている。

やまだ・うづき
 本名松元美樹。広島市中区生まれ。1995年、別冊マーガレット(集英社)の「マニッシュ・ガール」でデビュー。2005年から東京都北区在住。漫画版「夏の花」は、漫画で読む文豪シリーズの一冊。集英社系列のホーム社から8月発売予定。

(2010年7月31日朝刊掲載)

 

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