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連載・特集

ヒロシマ 次代の表現 <6> 劇団主宰・俳優 藤沢弥生さん

■記者 道面雅量

路面電車内 あの日再現

 ガタゴトと広島市街を走る路面電車の車内。「乗車券はお持ちですかあ」。藤沢さん演じる車掌が声を張り上げる。濃紺の上着にもんぺ姿、額にははちまきと、「皇国少女」のいでたちだ。

 貸し切り電車の中、座席を客席に演じる劇「桃の実」は、1943年から45年にかけての広島が舞台。男手が不足した戦争末期、運転士や車掌を務めた広島電鉄家政女学校の生徒の実話に基づく。

 「銃後を守る」ため、見よう見まねで精いっぱいの乗務。冬のしもやけのつらさもあれば、乗客の男子との淡い恋もある。そして迎える8月6日の朝―。

 自らは東京生まれの東京育ち。劇の流れから原爆の描写は欠かせないが、「これまであまりに縁遠く、学べば学ぶほど、表現は不可能と知った」。仲間と討論を重ね、「それでもやるしかない」と、被爆の瞬間は車内いっぱいに広げた長い黒布をはためかせて表した。

 広電本社(中区)と横川駅(西区)の間を往復する約1時間のタイムトラベル。題名の「桃の実」は劇中、被爆した女学生が口にして「ウチらは生きとる」と奮い立つ、かすかな希望の象徴だ。

 7月3、4日の広島公演をはじめ、今年は東京、大阪、長崎、札幌など8都市を巡演した。2006年の初演以来、再演を重ねる代表作。「演じる私たち自身が時空を超えた感覚になる」。65年前のヒロシマへ、観客を巻き込みながら。

 路面電車内での公演は「心の小旅行」と題し、2004年から取り組む。「桃の実」はその3作目。東京で劇団をともに率いる夫の及川均さん(54)が、原作となる「チンチン電車と女学生」(堀川恵子・小笠原信之著)を書店で見つけ、脚本化を思い立った。

 夫妻で本を読み込み、ヒロシマへの思いを深めた。元女学生の末盛愛子さん(81)=安佐北区=に聞き取りも。藤沢さんの印象に残ったのは、末盛さんが戦後、女学校が廃止になって帰郷する時、あの日々は何だったのかと、ぼうぜん自失になったという話だった。

 「いつの間にか戦時体制に巻き込まれ、原爆に遭って、学校から放り出されて職を失い…」。苦難を思ううち、問いが生まれた。「それは当時の、終わった話なのか」

 失業などを苦に、自殺者が毎年3万人を超える日本。核兵器がいまだ無数にある世界。「当時と変わらぬ危うさが現代にも潜む。それに気付くタイムトラベル劇にできれば」。原作が路面電車を扱っているからだけでなく、劇の意図からも、走る電車内で演じたい。ヒロシマと縁遠かった自分なりに、表現に挑む勇気を得た。

 劇団名の「モケレンベンベ」は、アフリカ中央部の湖に住むと伝えられる怪獣。「虹とともに現れるもの」の意味で、電車内や銭湯などとっぴな場所で公演する劇団のイメージキャラクターだ。

 ナガサキをテーマにした作品も構想中。「完成したら広島でも公演したい。神出鬼没の劇団ですから」=おわり

ふじさわ・やよい
 東京都荒川区出身・在住。高校卒業後、旅公演で知られる劇団黒テントに入る。4年間の活動後、同じ団員だった及川さんと結婚、ともに退団し、1990年に「モケレンベンベ・プロジェクト」を旗揚げ。公演ごとに出演者を募り、活動している。

(2010年8月5日朝刊掲載)

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