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連載・特集

人類は生きねばならぬ 被爆者 印パ行脚 <5> 根強い核神話

■記者 山根徹三

自力での安全保障強調 

 パキスタン・ラワルピンディの町外れ。木造平屋建ての事務所は、商店が軒を連ねる一画にあった。黄色い看板にはウルドゥー語と、握りこぶしの絵が躍る。

 イスラム原理主義団体「シャバー

ブ・ミリ」のイスラマバード支部。イスラム至上主義を掲げ、ヒンズー教が主流のインドと鋭く対立する。支部メンバーは5000人を数える。  眼光鋭いサジッド・イクバル支部長が、10平方メートル足らずの部屋で出迎えた。ひざまであるワイシャツのような民族衣装をまとった男性7人が、腕組みをしてそばのソファに陣取る。

 6月2日、隣町のイスラマバードで自国の核実験に抗議した市民団体の記者会見に乱入し、1人にけがをさせた団体である。「記者会見で、何が起きたのか?」。問いかけた途端、それまで冗舌だったイクバル氏から笑みが消えた。

 「表現、言論の自由はある」。イクバル氏は間を置いてから口を開いた。「しかし、核は力だ。核実験に反対し、国を危うくする言動は許されない」。メンバーも抑揚が激しいウルドゥー語で口々にやじる。

 それを制して、イクバル氏は断言した。「同じことをすれば、また妨害する」

 ラワルピンディには非政府組織(NGO)の「フレンズ」の事務所もある。1991年に設立され、学者、元軍人ら約400人が加わっている。  NGOと言えば、日本では「平和運動」を連想する。事実、フレンズも、核廃絶キャンペーン「アボリション2000」に参加している。

 ところが、高級住宅街にある2階建て事務所で、ミルザ・アスラム・ベッグ会長の口から出てきたのは、核実験擁護論だった。

 陸軍の元将軍。厳格一徹の顔付きそのままの口調で「わが国の核実験は、バランスを保つため、インドに対抗する必要があった」と言い切った。

 話は、自国の実験正当化とともに、核大国批判に終始した。「核兵器を他の国に持たせず、代わりに通常兵器を輸出して地域紛争をあおっている」

 インドでも核信仰はいやというほど耳にした。ニューデリーのネール大近くにある政府系のインド国防分析研究所。コモドア・ウダヤバスカル副所長は「核実験後、世界は真剣に核軍縮を考え始めた」と主張した。

 全面核軍縮は必要・との立場を取りながら、「ポスト冷戦期は、米ロ以外の国も自力で安全保障を図る必要に迫られている」と解説。こう結んだ。「矛盾に聞こえるかもしれないが、核軍縮を求める点でインドと被爆者は同じ立場なんだ」

 3人は、いずれも被爆者に会ったことがない。印パ行脚をした武田靖彦さん(65)=広島市安芸区=は「核抑止論は現実的というが、核実験による環境汚染、核戦争の危険性もまた現実なんだ」。いらだちで、声が大きくなった。

(1998年7月7日朝刊掲載)

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