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連載・特集

島根原発 フクシマの波紋 <1> 津波対策

安全確保 見えぬ合意点 明確基準なく手探りの状態

 中国地方で唯一の原子力発電所、中国電力島根原発(松江市鹿島町)。東京電力福島第1原発の事故で安全性への信頼が揺らいでいる。地元や中電に広がる波紋と、今後の計画への影響を追った。

 島根原発から東に20キロ余りに位置する、島根半島の入り江の集落。「ここは大丈夫か」「どこに逃げればいいのか」。松江市美保関町の諸喰(もろくい)地区の自治会長、近藤美喜雄さん(63)に震災後、津波を心配する地区住民から声が掛かる。

 地区は来月、初めて津波の避難訓練を実施する。「津波が来たら漁船を沖に出す。それぐらいしか考えていなかった」と近藤さんは明かす。

 近年、甚大な津波被害に遭っていない島根県。津波への住民の危機感は高くなかった。それは島根原発の津波対策にも当てはまる。  1990年代後半、吉川通彦・島根大元学長(75)は、島根原発3号機増設の安全性を検討する島根県原子力発電調査委員会の会長を務めた。委員約20人による1年半にわたる議論。だが「津波対策は大きく取り上げて議論しなかったと思う」と振り返る。

15メートルの防波壁に

 島根原発は海岸線から約70メートルに、1、2号機が位置する。海べりに急きょ、海面から高さ15メートルの壁が1.5キロにわたり築かれる。中電は今月16日、現在高さ9.4~11メートルの防波壁を15メートルにかさ上げする対策を発表した。電源喪失に備え、高圧発電機車も配備した。

 中電が想定する津波の高さは、秋田県沖での地震に伴う5.7メートル。震災後もこれは変えていないが、15メートルまでの対策を講じる。

 震災後にあった中電の経営会議。津波の想定をめぐり意見が交わされた。「国の指針や新しい知見がない中、どこを基準にすればよいのか、いろいろな議論があった」。中電幹部は明かす。15メートルの根拠を「住民の方に安心してもらうには、福島を参考にこれを上回る対策を取ることになった」と説明する。

 福島第1の津波対策の不備を事前に指摘していた、産業技術総合研究所活断層・地震研究センターの岡村行信センター長(56)によると、東日本大震災規模の津波は、プレートが沈み込む海溝型の地震でしか起きていない。「山陰で今回のような津波が起きることはないと思う」とみる。

 島根県に記録が残る県内最大の津波は、日本海中部地震(1983年)による松江市島根町の3.5メートル。一方、旧美保関町の町誌には、1833年に4~6メートル以上の津波が襲ったとの記述も残る。

「影響解析まだ」

 「想定外も想定してくれんと、安心できない」。自宅が原発から2キロの距離にある松江市鹿島町の60歳代の男性は話す。37年間、原発と共存してきた鹿島町では、事故後も声高な懸念や「反原発」は聞かれない。だが男性は言う。「近所の人と話しちょる。事故があれば、家にも帰れなくなるって」

 島根県の溝口善兵衛知事は「事故への詳細な津波の影響はまだ解析できていない」と分析の必要性を強調する。津波へどこまでの備えが必要か。手探りで進む対策に、安心の合意点は見えない。

中国電力島根原子力発電所
 松江市鹿島町にあり、1号機(46万キロワット)は1974年、2号機(82万キロワット)は89年に営業運転を開始した。いずれも沸騰水型。現在は2号機だけ稼働しており、定期検査中の1号機は運転再開のめどが立っていない。建設中の3号機(137万3千キロワット)は改良沸騰水型で、来年3月の運転開始を目指している。

(2011年5月27日朝刊掲載)

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