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連載・特集

被爆樹木の種 世界へ 「緑の遺産ヒロシマ」本格始動

 原爆の惨禍を生き延びた被爆樹木の種子や苗を海外へ送る「緑の遺産ヒロシマ」の活動が本格的に始まった。被爆樹木に深い思いを寄せる国連訓練調査研究所(ユニタール、本部スイス・ジュネーブ)広島事務所前所長のナスリーン・アジミさん(52)が発案。ユニタールやNPO法人、植物公園、市民らが応えた。外国を主な対象として、国際的かつ組織的な取り組みをするのは初めて。「被爆2世」の種子や苗の「生命」で結ばれた人々のネットワークを通じて、核のない、平和で環境に優しい世界の実現を目指す。(特別編集委員兼ヒロシマ平和メディアセンター長・田城明)


ユニタールが支援 平和の願い 芽吹く連携

 今月初旬の昼下がり、広島城跡(中区)にアジミさんら「緑の遺産ヒロシマ」の中心メンバー5人が集った。小粒の真っ赤な実を付けた被爆樹木のクロガネモチの種子を採取するためである。爆心地から約900メートル。高さ10メートルほどに伸びた太い幹に付けられた黄色いプレートには、こう書かれていた。

 「1894(明治27)年の日清戦争開戦後、広島城内に大本営がおかれました。このクロガネモチは、大本営前庭の庭園に植えられていたもので、1945(昭和20)年8月6日の原爆にも耐え、生き残りました」

 水洗いなどして実からきれいに種を分離し、最適の保存状態を考えながらビニール袋に詰める作業は、樹木医の堀口力さん(66)=西区=が担当する。「被爆樹木は広島のかけがえのない財産。意義ある活動に少しでも役立てれば」と控えめに話す。

 種子の送り先が決まっても、相手国の検疫制度に合わせた国内検査が待っている。それを終えるまでは、温度と湿度管理の整った広島市植物公園(佐伯区)の種子貯蔵庫に保管してもらう。

 晩秋から初冬にかけて採取した種は、クロガネモチ2万粒、イチョウ1200粒、クスノキ500粒、柿400粒。1年目の「試行期間」は、アジミさんやユニタールとつながりの深い6、7カ所の送り先を決め、来年の4月末ごろまでに発送を済ませる計画だ。

60年ぶり恩返し

 「緑の遺産ヒロシマ」の設立は、今年7月にさかのぼる。

 1月にユニタールの賛同を得たアジミさん。その後、広島市で平和・国際交流活動を続けるNPO法人「ANT―Hiroshima」代表で知人の渡部朋子さん(58)に相談。パートナーとして取り組んでくれることになり、両団体を窓口に有志が集って会を発足させた。

 この間、海外へ活動の趣旨を紹介する資料を作成。また、堀口さんや翻訳家らが協力して、爆心地から半径約2キロ以内にある55カ所の被爆樹木170本について、それぞれに写真を添え、英文の「被爆樹木データベース」を作った。

 海外の植物公園などと種子交換を毎年続けている市植物公園の協力が得られるのも心強い。平和市長会議で世界の5千以上の都市とネットワークを持つ広島平和文化センターも関わっている。

 「緑こそ生々(せいせい)の色、希望の色、平和の色」―。手紙に自らの思いをしたため、51年に欧米やアジアなどの大学に木の種子や苗の送付を依頼した広島大の森戸辰男初代学長。要請に応えて多くの大学から届いた苗や種子を植え、焼け野原のキャンパスの緑化を図った。「今度は60年ぶりにお返しを」と、広島大も協力を約束。当時の関係大学などへ働きかける予定だ。

積極的な反響も

 11月半ば以降、電子メールなどで、活動への参加を呼びかけたスイスやロシア、南アフリカ共和国、チリ、シンガポールの大学や植物公園からは、既に積極的な反響があった。中には検疫検査を待つだけのところも。渡部さんは「被爆樹木に寄せる海外の人々の関心の高さに驚いている。種子から育てるという息の長い取り組みを通じて、多くの人々に核兵器の恐ろしさや平和の大切さ、命の貴さが伝わっていけば」と願う。

 ユニタール広島事務所のアレクサンダー・メヒア所長(45)は、「広島市民をはじめ、多くの人々の熱意で活動を持続させ、世界中に被爆樹木を広げていきたい」と、被爆地での新たな役割に熱意を示している。


活動を発案したユニタール前広島事務所所長 ナスリーン・アジミさん

再生と調和 伝えたい

 「緑の遺産ヒロシマ」の提唱者であるナスリーン・アジミさんに、動機や狙い、展望などを聞いた。

 2009年半ばに所長を辞め時間的にゆとりができて以来、樹木医や市民ボランティアらが世話を続けている被爆樹木に強い関心を抱くようになりました。

 原爆による悲惨な歴史を刻む生き証人の被爆樹木。そこには「破壊」と「再生」という、ヒロシマにとって重要な二つのメッセージが込められています。核兵器の非人道性を無言で告発する一方で、回復力や寛容さ、自然と調和して生きていくことの大切さを私たちに教えてくれています。

 被爆樹木の種子や苗を海外へ送り、育ててもらうことで、ヒロシマの願いを広げることはできないだろうか。ユニタールで研修を受けた政府や学術関係者ら「同窓生」は、これまでに世界で3万人以上、広島事務所だけでも2千人に達します。世界各地で活躍している彼らとの人的ネットワークを生かせば可能ではないだろうか…。こんな私の思いを多くの人々が理解し、分かち合ってくれて今に至っています。

 被爆樹木の種子や苗を送る行為はシンプルですが、受け手には責任を持ってその命を育てようという覚悟が要ります。世話をすることで、ヒロシマとのつながりが長く続くでしょう。

 最初は植物を育てることに知識と経験がある大学や植物園などの公的機関が中心になるでしょう。都市の公園や学校、民間施設もあります。軌道に乗り始めたら多くのヒバクシャを生んだ米国や旧ソ連の核実験場跡であったり、原発事故のあった現場近くに植樹することも可能です。和解を呼び掛ける象徴として、パレスチナ・イスラエルの紛争地に植樹することも考えられます。

 「緑の遺産ヒロシマ」のウェブサイトで、世界各地の取り組みを紹介して、互いに交流できるようにしたいと思っています。やがて被爆樹木が育てば、被爆者らが現地を訪ねて交流することもできます。

 イラクやアフガニスタンをはじめ、東京にある各国の大使館にも働きかけ、被爆樹木の苗を届ける計画です。既に被爆アオギリの苗や種を国内各地に送っている人たちとも連携できれば幸いです。

 将来は、「緑の遺産ヒロシマ」基金を設けたいと考えています。多くの広島市民に、被爆樹木という貴重な財産が身近に存在することを気づいてほしいですね。未来を担う広島の子どもたちと一緒に被爆樹木巡りなどができれば最高です。

ナスリーン・アジミさん
 1959年イラン生まれ。86年ジュネーブの国際問題研究所で国際関係学修士号取得。88年ユニタール本部に勤務。ニューヨーク事務所長などを歴任し、2003年5月、初代広島事務所長に就任。09年7月退任後は本部長付特別顧問。広島市中区在住。


≪世界からの反響≫ 

努力惜しまない

◆赤十字国際委員会(スイス・ジュネーブ)ヤコブ・ケレンベルガー総裁
 「緑の遺産ヒロシマ」の活動は、重要な歴史上の記憶をよみがえらせるものです。20世紀最悪の悲劇の一つを追悼するために、赤十字国際委員会はどのような努力も惜しみません。この取り組みは、悲劇を思い起こす以上に、希望のメッセージであり、未来の世代に対する再生でもあります。当委員会が(マルセル・ジュノー博士を通じて)、広島市と原爆犠牲者、生存者、彼ら子孫と、歴史的に絶つことのできないつながりがあることをお伝えします。

展示植栽できる

◆イルクーツク国立大付属植物公園(ロシア・イルクーツク)ビクター・クゼバノフ教授
 被爆樹木の種子は、公衆展示用の温室に植えることができます。ロシア語に翻訳できる説明書があれば、一緒に送ってください。平和教育用に、広島の原爆被災写真ポスターがあればなお素晴らしい。被爆樹木はすべてのロシア人に対して、非常に強いメッセージとなります。種子が届けば、地方や中央のテレビ局、新聞などに「緑の遺産ヒロシマ」からのコメントを付けて発表する計画です。種子を送られる際は、「凍結禁止!」と記して速達で願います。

(2011年12月19日朝刊掲載)

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