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連載・特集

避難者たちの年の瀬 <上> だんらん奪う汚染の壁

故郷と広島 二つの正月

 東日本大震災から9カ月が過ぎ、年越しまであとわずか。中国地方5県では、福島県などの被災地から逃れてきた計1600人(15日現在の国調べ)が暮らす。福島第1原発事故による放射性物質の汚染は、望郷の念を強める被災者からだんらんの正月を奪う。年の瀬に、故郷から遠く離れた被災者を訪ねた。(川井直哉、衣川圭)

 「放射線のせいで家族ばらばら。にぎやかな正月はもう来ねえかもな」。広島市西区の市営住宅の一室。原発から23キロの福島県南相馬市から避難中の川前貞子さん(60)は、同県郡山市から避難し同居する長女井上真理恵さん(37)と孫4人とのクリスマスを迎えた。プレゼントのおもちゃで遊ぶ孫を見つめ、ポツリと漏らした。

 自宅の被害は、瓦が壊れた程度だった。だが、孫たちへの放射能の影響を恐れ、川前さんも真理恵さんも、それぞれ夫を地元に残して二重生活を続ける。

 真理恵さんは5月に広島で女の子を出産した。震災直前の2月、東京に住む妹が結婚していた。原発事故さえなければ、例年にも増してにぎやかな正月を迎えるはずだった。

交通費ネック

 自宅周辺は今も放射線量が高いまま。帰っても子どもを外で遊ばせられない。川前さんは、娘2人に「危険だから帰らなくていい」と伝えた。正月は自分だけ戻り、夫と2人で過ごすと決めた。「家の掃除もあるし、老いた義理の両親も福島だからね。こんな年越しになるなんて…」。寂しそうにつぶやいた。

 帰郷の壁は放射能だけではない。広島から福島まで新幹線で往復1人5万円以上かかる交通費などの負担も大きい。原発から20キロ圏内の警戒区域などの住民を対象にした東京電力の賠償は、支払いが始まったばかり。

 長引く避難生活に、貯金を取り崩してしのぐ被災者は多い。「高額な交通費を払ってまで、放射線量が高い福島には帰れない」。福島市から子ども3人と来て西区に住む菅野佐知子さん(39)は複雑な心境を打ち明ける。

定住し再建も

 一方で、広島に定住し、農業の再建を目指す人もいる。警戒区域に一部が入る福島県田村市から避難する井海幹太さん(41)と緑さん(35)夫婦。子ども2人とともに9月中旬に呉市安浦町に移り住んだ。畑でダイコンなどを収穫しながら自給自足の生活を描く。

 「広島は気候も人の心もあったかい」と緑さん。春には土地の一角に自分たちの手で家を建てる計画もある。被災者は、さまざまな思いを胸に年の瀬を迎えている。

(2011年12月28日朝刊掲載)

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