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連載・特集

プラハ演説から3年 オバマ政権 続く核実験

 オバマ米大統領が2009年4月のプラハ演説で「核兵器なき世界」を唱えてから間もなく3年となる。演説は核兵器廃絶への期待を高めたが、米国はその後も臨界前核実験や新たなタイプの核実験を繰り返し、被爆地に失望が広がる。なぜ米国は核実験をやめないのか。核政策の中でどう位置付けているのか。背景を探る。(金崎由美)


「抑止力」戦略を維持 保守派批判かわす狙いも


 この基本方針はオバマ政権でも変わらない。核兵器の維持管理を担当する米エネルギー省傘下の国家核安全保障局(NNSA)は09年1月のオバマ大統領就任後、臨界前核実験を3回実施。エックス線で核爆発の瞬間と似た状態を再現する新型の核実験も4回行った。

 核兵器などの情報シンクタンク、NPO法人ピースデポ(横浜市)の梅林宏道特別顧問は「年々古くなる核兵器の性能や安全性をめぐり、米国内で常に論争がある」と前置きした上で、「核実験で兵器の性能を確かめる姿勢は、『核兵器が存在する限り効果的な核抑止力を維持する』とするオバマ大統領の演説からも明らか」と指摘する。

 実験データは、スーパーコンピューターで核爆発をシミュレーションする材料に使う。NNSAは「核爆発を伴う実験をせず、核兵器の安全性や信頼性を検証するためだ。実験は今後も続ける」と説明する。

 核兵器の性能を維持するための施策は多岐にわたっている。核弾頭の部品を取り換えるなどして耐用年数を延ばす「寿命延長」や、核関連施設のインフラ整備にも膨大な予算を投じる。


関連予算 聖域に

 NNSAの11年米会計年度の核兵器関連予算は約70億ドル。16年度には89億ドルまで引き上げる方針だ。核弾頭を大陸間弾道ミサイルなどで運用する国防総省も1月26日、国防予算の大幅削減方針を発表した席で「核戦力関連のカットはない」と聖域化を明言した。  広島市立大広島平和研究所の水本和実教授は「予算獲得を狙う軍需産業とその意をくむ連邦議会の保守派の力は大きい。日本と違い、世論も第2次世界大戦と冷戦を勝ち抜いた象徴として核兵器を捉えている」と指摘する。

 法律によりエネルギー長官は、核兵器をきちんと維持管理し、連邦議会に毎年報告する義務がある。核実験は、課せられた「義務」を果たす一環という側面も否めない。

 一方で、オバマ政権が臨界前核実験などを繰り返す背景には、今秋の大統領選をにらみ、国内の保守派の批判をかわす狙いもある。

 CTBTに署名したクリントン政権は99年、条約の批准法案を上院に提出したが、保守派の抵抗で否決された。核軍縮への流れに水を差し、未署名のインド、パキスタン、北朝鮮などとともに、いまも条約発効の妨げになっている。

 CTBT批准の「再チャレンジ」をうかがうオバマ政権は、臨界前核実験や弾頭の寿命延長などの実績を盾に、核爆発を伴う実験ができなくても核兵器の安全性と信頼性は保てるとアピールする。


終末時計 逆戻り

 日本政府はこうしたオバマ政権の意向をくんで臨界前核実験や新型核実験に抗議していない。だが、性能維持を口実に核実験を続けることには国際的批判が上がる。

 核戦争による地球最後の日までの残り時間を概念的に表す「終末時計」を管理する米専門誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」は1月10日、時計の針を1分進め「残り5分」となったと発表した。プラハ演説を受けて1分戻した針が逆戻りした。

 同誌は記者会見で「核のない世界」実現に向けた道筋が明確でないことを理由に挙げ、さらに「核兵器の安全性を確認する、という理由で行っていることが、他の国にとっては実質的な核軍拡に見える」と、米国を含む核保有国の姿勢を非難した。

 米国に追随し、核抑止力の「信頼性」を求める被爆国の姿勢も問われている。


クリントン政権時の高官 ヒッペル教授に聞く

開発技術の継承も目的

 クリントン政権時のホワイトハウス科学技術政策局次長として核政策に関わったプリンストン大のフランク・フォン・ヒッペル教授(74)=写真=に、核兵器をめぐる米国の状況を聞いた。

 現在ある核兵器は全て米ソ冷戦期の1980年代までに製造されたものだ。プルトニウムを含む弾頭の中心部などが古くなれば想定通りに作動しないという懸念が保守派や軍関係者に根強く、臨界前核実験や弾頭の寿命延長を行う根拠になっている。

 だが、科学者の間では核弾頭に手を加える方がむしろ問題だという見方もある。懸念を強調することは核兵器関連の予算を引き出そうとの側面が色濃い。

 冷戦が終わって新たな核弾頭の開発が困難となり、関係者は後継者の確保や技術の伝承に危機感を持っている。最先端の実験や研究は、核兵器の開発技術を何とか維持する目的もある。

 実験データを使った核爆発のコンピューター・シミュレーションは新型核弾頭を開発できる技術や情報にも転用しうる。核兵器の維持と開発の線引きは常に議論が分かれる。

 ただ、臨界前核実験などは核兵器維持策のごく一部。ブッシュ政権以上に膨らんだ核関連予算も、ロシアとの新戦略兵器削減条約(新START)を上院に受け入れさせるため払った多大な代償。「核兵器なき世界」を妨げるものは実験の他にもたくさんある。オバマ政権を批判するだけでは解決しない。


「臨界前」など13種類 性能維持に関する実験

 NNSAは2011年から、核兵器の性能を維持するための13種類の実験の実施状況を定期的に事後公表している。

 このうちプルトニウムに高性能火薬で衝撃を与え、核爆発に至る前段階での反応を調べるのが臨界前核実験。古くなった核弾頭のプルトニウムが設計通りの反応を示すかどうかデータ収集する。ネバダ州の核実験場の地下約300メートルの施設で行う。

 ニューメキシコ州のサンディア国立研究所の「Zマシン」を使った新型の核実験は、世界で最も強いエックス線を発生させて地球の中心部以上の超高圧、超高温を再現することが可能という。臨界前と同様、プルトニウムを一気に圧縮させることで核爆発の瞬間に近い状態をつくり出し、どう動作するかをみる。

 火薬を使わず、プルトニウムの使用が数グラムでマシンの外に漏れ出さないため、核実験場を必要としない。

 カリフォルニア州のローレンス・リバモア国立研究所では「国立点火施設」を試験運用中。世界最大出力のレーザー光線と放射性物質のトリチウムを使って核融合反応を起こさせ、水爆の爆発時の状態を再現できるという。


<オバマ政権での核実験>

2010年 9月 臨界前
      11月 新型
      12月 臨界前
  11年 2月 臨界前
       3月 新型
       9月 新型
      11月 新型

(2012年2月6日朝刊掲載)

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