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連載・特集

黒い雨の行方 <上> 埋まらぬ溝

対象域拡大 異なる結論

同じデータ 国は懐疑的

 広島原爆の投下直後に降った放射性物質を含む「黒い雨」。国が援護する指定地域の見直し議論がヤマ場を迎えた。厚生労働省の有識者検討会は29日、報告書をまとめる予定だ。これまでの議論や新たな研究を踏まえ、見直しの行方を探る。

 23日夜、広島市安佐南区相田の集会所に「上安・相田地区黒い雨の会」(213人)の役員10人が集まった。「胃がんの手術で上京できない」。清木紀雄会長(71)は無念そうに切り出した。29日、最後になるだろう検討会の傍聴を他の役員に託した。

 黒い雨を浴びた住民が無料の定期健康診断を受けられる第1種健康診断特例区域。国が1976年に定めた。指定地域は、広島管区気象台の宇田道隆技師が45年8~12月に聞き取り調査してまとめた「宇田雨域」の中の大雨地域に限定された。

 広島市はこれまで健診受診者証を4805人に発行。うち約9割は病気にかかり、被爆者健康手帳に切り替わった。一方、小雨地域にいた人たちは受診者証はもちろん、手帳も取得できない。大雨か、小雨か―。その線引きが、後の援護に雲泥の差を生んだ。

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 大雨地域と小雨地域とに分断された村もある。上安・相田地区もその一つ。同じ旧安村で西側の長楽寺と高取地区は大雨地域、東側の上安と相田地区は小雨地域だ。「土砂降りで道の側溝がみるみるうちにあふれた」「1時間は降り続いた」…。同会の会員は口々に証言する。

 「黒い雨が同じように降った地域には同じ救済措置を」。小雨地域の住民の声を背に広島市などはこの30年余り、国に指定地域を拡大するよう要望を繰り返した。はね返され続けたのは「科学的根拠がない」との理由からだ。

 そこで市は2008年、新たな調査に踏み切る。被爆者や黒い雨を浴びた人の証言を集めて科学的な分析を加え、健康影響と降雨域の解明を目指した。

 約2万7千人のデータを基に、10人以上が具体的に証言した場所を分析。その結果、降雨域は市のほぼ全域と周辺市町にまたがり、指定地域の約6倍に及ぶと推定。体や心の状態については、未指定地域の黒い雨体験者も被爆者に匹敵するほど悪いと結論付けた。

 だが、厚労省の検討会ワーキンググループ(WG)が同じデータを使い別の手法で導き出した結論は異なる。

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 WGの報告はデータ不足などを理由に降雨域は「確定困難」で、体の健康状態は「具体的な発病状況が分からない」と検証自体を見送った。追認したのは、黒い雨を体験したと証言する人は体験していない人に比べ精神面の状態が悪い、との「心の影響」だけだ。

 「黒い雨を体験したと言う人が、調子が悪いのは間違いない」。WG座長で東京大の川上憲人教授(精神保健学)は言葉を選び、議論を振り返る。

 検討会はWGの報告に沿った見解をまとめる公算が大きい。拡大するかどうかは、その後の政治判断に委ねられる。「私たちの思いが届いていると思えない」と清木会長。02年の同会結成時から会員は約40人も減った。残された時間は少ない。(岡田浩平、田中美千子)

「黒い雨」の国指定地域の見直し
 広島県と、広島市など3市5町が2010年7月、厚生労働省に要望。広島市の「原爆体験者等健康意識調査報告」を基に指定地域を約6倍に広げるよう求めた。同省は原爆放射線による健康影響を科学的に検証するため、放射線医学や疫学、精神科などの専門家8人でつくる検討会(佐々木康人座長)を同年12月に設置。ことし3月までに検討会を7回、ワーキンググループを4回開いた。

(2012年5月27日朝刊掲載)

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