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連載・特集

黒い雨の行方 <下> 新たな「証拠」

国指定 妥当性問う痕跡

がん死リスク 地域重なる

 「黒い雨は、どの範囲で降ったのか。解明に向けた最初の扉を開けることができた」

 広島大や金沢大などの研究グループが、黒い雨に由来する放射性物質セシウム137を広島市内外の土の中から見つけた。その意義を、広島大の星正治名誉教授(放射線生物・物理学)は強調する。

 痕跡を今月初めて確認するまで、道のりは長かった。広島原爆のウラン核分裂で生じたセシウム137。黒い雨が降った地域には、人体に影響があるほどではないが、今も残っているはずだ。

 しかし、1960年代前半までに繰り返された大気圏内核実験でも全世界にばらまかれた。広島も例外ではない。たとえ見つかっても、黒い雨に由来するものかどうか、すぐには判断できないのだ。

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 研究グループは、核実験の影響を受けていない土を求めて、被爆翌年の46年から48年までに建てられた家を探した。

 持ち主の協力を得て床下から土を取り、セシウムの量を測った。広島原爆では放出されなかったプルトニウムも調べた。核実験で出されたセシウム137ではないと、証明する必要があったからだ。

 2008年からの調査で、黒い雨の痕跡だと結論が下せたのは、調べた20カ所のうち6カ所だった。広島市の安佐南、安佐北、佐伯の3区と安芸太田町で、爆心地からの距離は約9~22キロ。全て国が援護対象地域としている「大雨地域」の外だった。3カ所は「小雨地域」でさえなかった。あの日、黒い雨を浴びたという住民の証言を裏付ける新たな「証拠」は、国の地域指定が正確なのか、疑問を投げ掛けている。

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 黒い雨が、固形がんによる死亡リスクを押し上げているのではないか。そんな調査結果も、最近まとまった。

 直爆の被爆者3万7千人余のデータを解析した広島大原爆放射線医科学研究所(原医研)の研究である。

 どこで被爆したら死亡リスクはどの程度か、計算してみた。すると、爆発時に浴びた放射線以外に、何かがリスクを押し上げていた。しかも爆心地の西方向だけが高くなっていた。

 原医研の大滝慈教授は「黒い雨が降った地域と、リスクが高い場所は重なっている」と指摘。飲み水や呼吸などを通して放射性物質が体内に入ったことで内部被曝(ひばく)し、リスクを押し上げた可能性があると分析している。

 ただ、被爆地でも黒い雨の実態に迫ろうとする研究ばかりではない。昨年は、活用されないまま長年眠っていた貴重なデータの存在が明らかになった。

 「原爆直後雨ニ逢イマシタカ?」の問いに約1万3千人の被爆者が「Yes」を選んだ面接調査(1950年ごろ)の一部だ。保管していた放射線影響研究所は、「隠していたのか」などの批判を浴び、解析を始めた。

 29日には、広島県や広島市などが指定地域を広げるよう国に求めたのを受け、検証を重ねてきた厚生労働省の有識者検討会が報告書をまとめる。その後、政治判断が示される。

 疑わしきは救う―。援護の原則が貫けるのか。被爆者行政があらためて問われている。(宮崎智三)

(2012年5月28日朝刊掲載)

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