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連載・特集

原子力政策 国が近く方向性 上関30年 最大の岐路

 中国電力による山口県上関町への原発建設計画は29日、1982年の町の誘致表明から30年を迎える。推進、反対両派の住民対立が続く中、町は誘致の代価として財政的な恩恵を受けてきた。しかし、福島第1原発事故により、原発立地にかつてない厳しい目が向けられている。国は近く上関原発の行方も含む新たな原子力政策の方向性を示すとみられる。この30年、対立を続けた町は新たな岐路に直面している。(久保田剛)

進む過疎 対立続く

交付金 今後は不明

 原発反対を訴えるチラシが空き家の郵便受けで黄ばんでいた。原発予定地から北東約4・5キロにある上関町白井田地区。湾に面した集落は山沿いの斜面に寄せ合うように張りつく。その空き家は、坂道をしばらく上ったところにあった。

 汗ばむ陽気のなか、窓や雨戸を閉め切った家も目立つ。住民によると、お年寄り世帯が使わない2階を閉め切ったり、入院したりしているケースもあるという。

 原発計画が浮上した1982年当時、約650人だった白井田地区の人口は約260人に減った。しかも大半がお年寄りだ。

 坂道そばの民家に暮らす80歳代の男性がもらした。「地元には働く場所が少なく、若い人はみんなよそに出る。原発が建っていれば少しは違ったかな」。集落の頂には、2006年に廃校となった白井田小の校舎がひっそりと立つ。

 「原発計画があっても過疎は進んだ」。地区の60歳代の主婦はこの30年を振り返り、言い切った。推進派の住民とあいさつすら交わせない時もあった。福島の事故後、原発は話題にならない。そして、しないという。原発をめぐる賛否は確実に地域の絆に影を落とした。

 湾と集落の間に緑の芝生や花壇が鮮やかなコミュニティー広場が整備された。わきの町道には町営バスが滑り降りてくる。いずれも原発建設計画に伴う国からの交付金が財源となっている。

 本土と島を結ぶ上関大橋近く。今も使われている木造の町役場が、30年に及ぶ原発論議の舞台となった。当時の加納新町長(故人)は町議会で「町民の合意があればやってもいいのではないか」と答弁。町が初めて原発誘致に言及した瞬間とされる。

 その後、チェルノブイリ原発事故、茨城県東海村臨界事故など、放射能汚染や死傷者を伴う事故が起きた。それでも上関の「民意」は揺るがず、7度の町議選はいずれも推進派が過半数を維持。9度の町長選でも推進派の推す町長が当選を重ねた。

 11年度までに受け取った国からの原発交付金は計約56億5千万円。本年度一般会計当初予算約42億円のうち原発関連の交付金は約13億円を占める。学校の屋内プール、温浴施設の整備、歯科診療所…。交付金はハード、ソフト両面で町財政を支える。中電の寄付金も5回、計24億円に上る。

 しかし、福島の事故を受け、国は原子力政策の見直しを決定。中電の海面埋め立て工事は中断され、原発交付金の行方は不透明となった。昨年9月の町長選で3選を果たした柏原重海町長(62)は、原発のない場合も想定して町づくりを協議する「地域ビジョン検討会」を設立。町執行部と賛否両派の全町議12人が垣根を越えて話し合う場は4回の会合を重ねた。

 とはいえ自然エネルギー普及などを軸に活性化を訴える反対派と推進派町議には、財源確保の道筋になお隔たりがある。

 予定地と海を隔てて向き合う西約4キロの祝島は住民の大半が原発建設に反対している。「上関原発を建てさせない祝島島民の会」の前代表山戸貞夫さん(62)は「原発財源に頼る構図が自立的な町づくりの思考を妨げてきた」と推進派を批判。デモなど抗議行動を繰り返してきた。「おばちゃんや漁師ら普通の人たちの闘い」と山戸さん。ただ、祝島も白井田同様、過疎が進んだ。

 閑散とした白井田のコミュニティー広場。広場そばに住み、町議9人でつくる原電推進議員会会長でもある右田勝さん(70)は力を込めた。「国策に協力し、日本のエネルギーを支える強い自負があった。財源だけが目的ではない」

 福島の事故から1年3カ月余り。なお、対立の続く原発予定地のまち。そして、脱原発を叫び、すべての原発を止めた国は関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働を決めた。

埋め立て免許 失効も 中電、10月に期限切れ

 中電は3月に発表した本年度の電力供給計画で上関原発1号機着工、運転開始のスケジュールを「未定」とした。国が8月にもまとめる新たなエネルギー政策をにらむ。建設に向け山口県知事が中電に交付した海面埋め立て免許の期限切れも10月に迫り、知事の判断次第では失効の可能性も浮上してきた。

 国は福島第1原発の事故を受け、30年までに原発を14基以上増やすとしたエネルギー基本計画の見直しを決めた。菅直人前政権が設置した関係閣僚のエネルギー・環境会議の議論が反映される。

 しかし、国が上関原発など個別計画にどこまで明示するかは不透明だ。さらに、8月21日に任期満了を迎える二井関成知事は6月25日の県議会答弁で、建設予定地の埋め立て免許を現状では延長しない意向をあらためて示し、「免許期間中に(延長を認める)結論を出すのは非常に難しい」と失効も示唆した。7月29日投開票の知事選で選ばれる新しいリーダーが原発への評価などをどう判断するか、に委ねられる。

 国、県ともに迎える新たな局面。上関町内では「老朽化した原発を廃炉にし、安全な原発を上関につくるべきだ」(推進派)「新規立地が世論に反するのは明らか。一刻も早い計画の白紙撤回を」(反対派)との声が交錯している。

上関原発
 中国電力が山口県上関町長島に建設を予定する原子力発電所。改良沸騰水型の軽水炉で1、2号機の出力はともに137万3千キロワット。敷地約33万平方メートルのうち約14万平方メートルは海面を埋め立てる。護岸(総延長1500メートル)や取水口との連絡トンネル(約300メートル)なども新設。建設費は約9千億円。2011年度の電力供給計画では、1号機は12年6月の本体着工、18年3月の運転開始を目指していた。


<上関原発計画をめぐる主な動き> ○は町外の動き

1982年 6月29日     当時の上関町長が町議会で住民合意を前提とした原発誘致を表明
  83年 4月21日     祝島漁協が原発反対を決議
  85年 9月27日     町議会が住民の誘致請願を採択
      10月28日    ○高速増殖炉原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)本体着工
  86年 4月26日    ○チェルノブイリ原発事故発生
  88年 9月 5日     町が中電に誘致申し入れ
  89年 2月10日    ○島根原発2号機が運転開始
  95年12月 8日    ○もんじゅがナトリウム漏れ事故
  96年11月13日     中電が町や県に建設申し入れ
  99年 2月 5日     上関町四代地区の反対派住民が建設予定地内の地区共有地の入会権確認などを求め
                  提訴
       9月30日    ○茨城県東海村の核燃料加工会社JCOで臨界事故。作業員2人が死亡
2000年 4月27日     中電が四代、上関の両漁協、共同漁業権管理委員会と漁業補償契約を締結。補償総額
                  約125億円
       6月13日     反対派の祝島の漁業者が漁業補償契約無効確認を求め提訴
      10月31日     国が第1次公開ヒアリングを町内で開催
  01年 4月23日     知事が計画同意の意見を国に提出
       6月11日     経済産業省が電源開発基本計画組み入れを決定
  05年 4月13日     中電が詳細調査を開始
       6月21日     中電の海上ボーリング調査をめぐり反対派住民が阻止の行動。3日遅れで調査着手
       9月15日     中電の陸上ボーリング調査で濁水を外部に排出していたことが発覚、詳細調査中断
      12月 2日     詳細調査再開
  08年 4月14日     入会権訴訟で住民敗訴が確定
       6月17日     中電が建設予定地の公有水面埋め立てを県に申請
         23日     祝島住民の建設反対デモが千回
       9月19日     町議会が埋め立てに同意する決議
      10月20日     祝島の漁業者が、県に埋め立て不許可を求め提訴
         22日     知事が埋め立て免許を交付
         31日     漁業補償契約の無効確認訴訟で漁業者側の敗訴確定
  09年 4月 8日     中電が陸域から敷地造成工事に着手
      10月 7日     中電が海面埋め立て工事に着手。反対派が平生町田名埠頭(ふとう)からのブイ積み出し
                 阻止を続け予定より27日遅れ
      11月 5日    ○国内初のプルサーマルが九州電力玄海原発3号機(佐賀県玄海町)で事実上スタート
      12月18日     中電が国に1号機の原子炉設置許可を申請
  10年 3月23~25日  中電が祝島で初の説明会を試みるが上陸できず断念
      11月18日     反対派の祝島住民たちが海面埋め立て工事を作業区域内で妨害した場合、1日につき制
                 裁金500万円を科す間接強制が確定
  11年 3月11日    ○福島第1原発事故につながる東日本大震災が発生
         15日     県と町に「慎重な対応」を要請された中電が海面埋め立てなど敷地造成工事を一時中断
       5月27日    ○周南市議会が中電に計画中止を申し入れるよう知事に求める意見書案を可決。以後、周
                 辺の市町議会で「計画凍結」などを求める意見書案可決が相次ぐ
       6月27日     知事が埋め立て免許延長を現状では認めない考えを表明
       9月 2日    ○野田佳彦首相が就任会見で原発新設について「現実的に困難」と発言
         25日     町長選で原発推進派が推した現職の柏原重海氏が反対派候補を大差で破り3選
      11月22日     上関町で原発がない場合も想定した地域ビジョン検討会が初会合
  12年 3月27日     中電が上関原発の着工、運転開始の時期を「未定」とする12年度の電力供給計画を発
                  表
       5月 5日    ○国内の原発が42年ぶりに全停止
       6月16日    ○政府が関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働を決定
         25日     知事が埋め立て免許延長を認めない考えをあらためて表明

(2012年6月29日朝刊掲載)

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