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連載・特集

『生きて』 漫画「はだしのゲン」の作者 中沢啓治さん <10> 「黒い雨にうたれて」

原爆漫画 ようやく世に

 前は原爆漫画を描いていなかった

 僕は被爆していることを隠していた。「被爆」という言葉から、死体の腐る臭いが浮かんできて。とにかく逃げることばっかり考えていた。

 東京では、被爆していると分かると、ものすごい差別があった。「放射能がうつる」って、そばに寄らないし、僕が触った茶わんを持たない。今回、福島第1原発事故に遭った人たちも同じような目に遭った。

 母の葬儀の後、考えた

 母の骨まで奪った原爆。広島から東京に帰るとき、夜行列車に揺られながら、原爆と戦争について突き詰めた。そこでどうしても突き当たるのが、日本人の手で戦争責任の問題が解決されているか、原爆問題を解決したか、ということ。何一つ解決していないじゃないか、と。

 ならば性根を据えて戦争、原爆、天皇の問題を追及しなくちゃいけない、って。おふくろが「原爆を正面から見つめて描き残せ。やる役目がある」って言っているような気がした。それで、本音を描いたのが「黒い雨にうたれて」だった。1週間で完成した。被爆青年が悪徳米国人を殺していく話。復讐(ふくしゅう)劇みたいな。

 しかし、なかなか発表することができなかった

 大手の出版社に持ち込むんだけど、どこの編集者からも「内容はいいんだけど、ちょっと露骨すぎる」って断られる。原稿が入った封筒はほこりをかぶったままになった。

 そのうち(1967年1月)、長女が生まれ、養育費が要るから売れる漫画を描いて原稿料を稼ぎまくった。ある日、気づいたら、その封筒があった。「大手にこだわらなくてもいい。誰かの目に触れて、何かを感じてくれればいい」って考えた。

 それで、「エロ本」の出版社に行ったの。そしたらいい編集長でね、原稿を読んで「やりましょう」と。

 「ただし、中沢さん、これをやることによって、あんたと俺はCIA(米中央情報局)に捕まるか分からん」と言うんですよ。僕も「喜んで捕まりますよ」って。ただ、表紙に「原爆」の文字を入れないでくれ、って頼んだ。読者に先入観を与えたくない。読むうちに原爆の事実に触れればいいと思ったから。

(2012年7月19日朝刊掲載)

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