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連載・特集

復興の風 1953年ごろ 金座街 にぎわい運ぶ大名行列

 通りを埋める人、人、人。華やかな大名行列が進む。「広島まつり」は、撮影の前年の1952年から66年まで開かれた。広島市内の各商店街などが行列を繰り出し、歌や踊りで彩った。

 写真の行列の先頭近くに、ネクタイに法被姿で見物客の整理をする男性の姿がある。山本年(みのる)さん=80年に死去=だ。

 当時、金座街で喫茶「ちぐさ」を営んでいた。長男で不動産賃貸業の典秀さん(62)=西区=は「原爆で失った店を再開したばかり。これからという思いがみなぎっていたはず」としのぶ。

 左端には「岡仙」の看板も見える。明治期創業の玩具人形店はかつて、爆心直下の横町(現中区大手町)にあった。原爆で店は全焼。当時経営していた義父と夫を亡くした岡本春枝さん=2004年に死去=は、ミシン掛けの内職に励み、まつりが始まった頃に金座街で再び看板を掲げた。歴史ある店を守りたい一心だった。

 現在、岡仙の創業地で雑貨店を営む春枝さんの長男健志さん(69)は「祭りや行事への出費は大きかったが、にぎわいとなって戻ってきた」と振り返る。

 商店街は様変わりした。ファッションビル前は待ち合わせの若者であふれ、来年5月には欧州の有名衣料チェーンも出店する。個人商店の入れ替わりは特に激しく、ちぐさも貸店舗になった。健志さんも金座街の店は、昨年10月から時計店に貸している。

 郊外店の台頭などの影響で、市中心部の商店街はいま、復興期とはまた別の荒波にもまれる。健志さんは「変化に一喜一憂せず、どっしり構えてこつこつやる。それが母のやり方だ」と教えを守る。(野田華奈子)

(2012年7月19日朝刊掲載)

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