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連載・特集

揺らぐ核の火 第2部 ヒロシマの足元 <4> 経済人として

安定した電力供給 道探る

安全コスト明確に

 「ヒステリックや」。関西電力大飯原発(福井県おおい町)の再稼働を機に熱を帯びる脱原発運動は、井上義国さん(81)=大阪府吹田市=の目にそう映る。安定した電力供給がなければ経済活動や人々の生活は成り立たない、と思うからだ。

 井上さんは空調大手、ダイキン工業の元副会長。関西経済同友会の代表幹事(1992~94年)も務めた。今も関西経済界が中心となって設立した太平洋人材交流センター(大阪市)会長などの肩書を持つ。

 大飯原発の再稼働は関西経済界には待望だった。関電の総発電量に対する原発比率は5割を超え、全国の電力10社でもトップクラス。井上さんは安全性の担保が前提としつつ、野田佳彦首相の判断は「当然」と受け止める。核の恐ろしさを身をもって体験した一人だとしても―。

 広島一中3年の時、東洋工業(現マツダ)に勤労動員され、被爆した。爆心地から約1・6キロの白島町の自宅に戻る途中、激しく燃え上がる街や熱線に焼かれた大勢の人を目の当たりにした。

 「核兵器はあってはならない」。多くの被爆者と同じ思いを持ち続けてきた。けれど運動とは距離を置いた。「米国の核の傘の下にいながら、日本に核兵器廃絶の国際世論を形成するリーダーシップが取れるわけがない。国防は必要なのに、コストをかけない平和主義は能天気」

 福島第1原発事故が起きたのは、東京電力が安全対策への投資を怠ったのが原因との見方がある。だからこそ、原発をめぐる現状の議論が歯がゆい。

 「自然エネルギーを代替にするのは短期的に難しい。その現実を受け止め、原発の安全を守るためのコストをまず明確にすべきだ。議論を始めるのはそれから」。コストをかけずに安全も平和もありえない、と断じる。

 太陽光など再生可能エネルギーの事業化で脱原発を推し進めようとする経済人もいる。3月、全国の中小企業経営者たちが「エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議」(東京、約470人)を発足。各地の取り組みとノウハウを共有するのが目的だ。

 広島県の世話人を務めるのは建設会社役員の杉本昇さん(45)=東広島市。原発事故が起きて初めて、自宅から120キロ以上離れた中国電力島根原発(松江市鹿島町)を意識した。そして自らが被爆2世であることも。

 ただ自分も、そして中小企業の経営者仲間も、将来の日本のエネルギー政策はどうあるべきか、考えは揺れる。「いきなり原発ゼロとはいかないが、人の犠牲の上に成り立つエネルギーには違和感がある。原発に頼らなくて済む道を探すために動きたい」

 新たなエネルギー・環境戦略について政府は、今月中をめどとしていた決定時期を延期する検討に入った。「より具体的なシナリオが示されないと市民も生活への影響を実感できないのでは」と杉本さん。一人の経済人としての実感である。(藤村潤平、田中美千子)

(2012年8月2日朝刊掲載)

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