広島で23年ぶりIPPNW世界大会
12年8月23日
反核の叫び ヒロシマから
第20回核戦争防止国際医師会議(IPPNW)世界大会が24~26日、広島市中区の広島国際会議場で開かれる。「ヒロシマから未来の世代へ」をテーマに、海外40カ国と国内から医師約480人が参加する予定だ。停滞する核軍縮の国際情勢をはじめ、被爆体験の継承や福島第1原発事故の医療支援などが議題になる。23年ぶりとなる被爆地広島での大会の役割や意義をみる。
原発事故の医療支援 フクシマに寄り添う
昨年3月の福島第1原発事故後に初めて開かれる今大会は、原発事故の医療支援が大きなテーマになる。被爆地の蓄積を生かそうと奔走した広島の医師たちの対応を振り返り、被曝者医療の在り方を探る。
被爆地からフクシマへの医療面の支援は、ともに放射線が人体に与える影響の調査研究を積み重ねてきた放射線影響研究所(放影研)と広島大が中核を担ってきた。
広島大は事故翌日に緊急被ばく対策委員会を設置。今月7日までに医師、看護師たち延べ1292人を派遣した。広島大原爆放射線医科学研究所(原医研)の神谷研二所長(61)は福島県立医大副学長に就き、今も毎週、福島と広島を行き来する。
被爆者の犠牲の上に積み上げられてきたヒロシマの蓄積。ただ、フクシマでクローズアップされた長期にわたる低線量被曝や内部被曝の影響は未解明の部分が多いという現実を浮かび上がらせた。
神谷所長は「放射線被曝に関して科学的根拠に基づいた情報を正確に、粘り強く伝えていくことが重要だ」と強調する。原爆被爆とフクシマの状況の違いを丁寧に説明し、住民の不安を酌み取る作業を続けるほかに、健康不安やいわれのない風評被害を取り除くすべはないと言う。
福島県では全県民対象の健康管理調査が実施されている。住民の健康を見守ると同時に、低線量被曝に関する新たな知見が得られる可能性がある。
「調査研究の大前提として、被災者の継続的な心身のケアがある」と神谷所長。放影研の前身、原爆傷害調査委員会(ABCC)がかつて「被爆者をモルモット扱いしている」と批判された事態を決して繰り返してはならない。大会では、被爆者に向き合ってきたヒロシマの医師として、フクシマに寄り添う決意を表明する。
被爆体験の継承 あの記憶 語る責務
今大会の柱の一つは被爆体験の継承になる。初日の24日、広島市中区で開業する精神科医の木村進匡(のぶまさ)さん(75)が自らの体験を語る。「生き残った者が声を上げ、原爆の怖さを実感してもらってこそ、被爆地開催の意味がある」と力を込める。
8歳の時、中区の榎町にあった自宅で家族と食事中に被爆した。爆心地から900メートル。自宅の下敷きになった。助け出されると、街中が燃えていた。祖父母は逃げ遅れ、遺骨は自宅の焼け跡から見つかった。
被爆直後、脱毛や高熱などの急性症状に苦しんだ。医師を志したのは、その時介抱してくれた医師の叔父に感銘を受けたから。そして精神科医の道を選んだのは、自らにも残る心の傷があったから。被爆者の抱える不安に寄り添ってきた。
「被爆の影響に戦々恐々としながら生きてきた」という。63歳で十二指腸がんを患った。ともに被爆した4歳下の妹も乳がん、甲状腺がんと闘う。
当時の記憶を口にするのはつらい。「みんな年をとり、語れる者は格段に減った。広島の医師として、この機に語っておきたい」
こうした広島の医師の思いを受け止めようとする動きもある。昨年3月、広島県内の医師で発足した「被爆2世医師の会」は25日にシンポジウムを開く。被爆者を親に持つ広島、長崎、ブラジルの医師たちが活動を受け継ぐ方策を討議する。
同会世話人の一人、広島赤十字・原爆病院(中区)の有田健一呼吸器科部長(63)は「被爆した医師の高齢化が進み、受け身ではいられない。2世の役割を確認し、取り組みを具体化させる足掛かりにしたい」と意気込む。
41ヵ国の医師ら議論
IPPNW世界大会には海外40カ国の約210人、国内の約270人の医師、研究者が集い、核兵器廃絶に向けて幅広く議論する。
IPPNWは近年、核兵器保有国に核兵器禁止条約(NWC)の早期締結を求める核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)に力を入れてきた。24日の全体会議では、ICANの進行状況などが報告される。
IPPNW日本支部は被爆地開催の意義を深めるための独自のプログラムを組む。被爆医師の証言(24日)▽被爆2世の医師が集うシンポジウム(25日)▽国内外の高校生が核兵器廃絶を話し合うユースサミット(同)―など、被爆体験の継承に重点を置く。
26日は核の平和利用が大きなテーマ。原子力エネルギーの健康・環境への影響や、福島第1原発事故での医療支援に関する全体会議がある。原発事故で多数の被曝(ひばく)者が発生した際の医療態勢などを議論すると同時に、原発との向き合い方を見つめ直す機会となる。
原点の地 意義問い掛け 柳田実行委員長
IPPNW日本支部の柳田実郎実行委員長(59)=広島県医師会常任理事=に大会の展望や被爆地開催の意義などを聞いた。
―核をめぐる国際情勢をどうみますか。
世界は核軍縮するどころか、核兵器保有国による「先制不使用」の議論すら進んでいない。地球上には約2万発の核兵器があり、核兵器が使われる可能性は小さくない。廃絶しない限り核戦争のリスクはなくならない。
―IPPNWの活動の停滞を懸念する声もあります。
冷戦終結により核兵器の問題への関心が薄まりつつある。欧米の医師からは今回のプログラムにある被爆医師の証言を外すよう求める声が出たほどだ。福島第1原発事故を受けた「脱原発」に関心が集まっている。これまで武器輸出禁止や地雷の撤廃など活動を広げてきたが、核戦争防止という当初の目的は消えてはいない。
―核兵器廃絶への願いをどのように継承していきますか。
従来の医学生会議に加え、高校生を対象にしたユースサミットを初めて企画した。広島の高校生と各国の高校生が核兵器をめぐる問題を話し合う場を設ける。まず核への問題意識を持たせることが重要。核兵器廃絶の発信を担う人材の育成につなげたい。
―23年ぶりの広島開催の意義は。
市民が核兵器による被害を受けたのは世界中で広島と長崎しかない。被曝医療は、多くの被爆者の犠牲の上に成り立っている。被爆地という原点でもう一度、核兵器廃絶の意義を世界の医師に問い掛けたい。
「2世」シンポに注目
広島原爆障害対策協議会健康管理・増進センター所長の佐々木英夫氏(64)
被爆者医療の経験や核兵器廃絶への熱意を世界の医師にどう伝え、行動に結び付けるのか―が課題だ。その点で「被爆2世医師の会」シンポジウムに注目している。 広島の医師は被爆者の協力で、放射線による人体影響の研究成果を蓄積してきた。次世代につなぎ、核兵器廃絶への新たな意志を培う議論に期待する。
放射線の知識 共有を
放射線影響研究所理事長の大久保利晃氏(73)
IPPNWが核戦争防止や核兵器廃絶に向けてより積極的に動くため、広島開催を好機ととらえてほしい。健康を守る医師の立場で訴える点に、存在意義がある。 フクシマ以降、放射線リスクへの関心が高い。被災地に必要な支援を続けるためにも、放射線に関する知識を市民が広く共有できる場になってほしい。
被爆者との対話望む
広島県被団協理事長の坪井直氏(87)
福島第1原発事故で、放射線に対する関心が高まっているこの時期の開催は意義深い。人々が抱える健康への不安に医師が答えてくれるような機会もつくってほしい。 せっかく国内外から多くの医師が集まるのだから、被爆者と積極的に対話してもらいたい。被爆者の心を理解し、核兵器廃絶への原動力にしてほしい。
核兵器廃絶の土台に
広島赤十字・原爆病院名誉院長の土肥博雄氏(67)
原爆は多くの被爆者を生みだし、冷戦時に核戦争の危機を招いた。核の平和利用として原発がつくられた。広島は核をめぐる全ての問題の原点だ。 今大会は、各国の医師が被爆者の生の声を聞き、被爆者医療に触れる最後の機会になるだろう。広島、長崎の蓄積を正しく伝え、核兵器廃絶を考える土台を築いてほしい。
■主なプログラム
【24日】
午前 9時 開会式
11時10分 被爆医師の証言
午後 1時10分 核兵器なき世界に向けて①
【25日】
午前10時50分 教育講演「放射線の健康影響」※
午後 1時20分 「被爆2世医師の会」シンポジウム※
2時40分 ユースサミット※
5時 核兵器なき世界に向けて②※
【26日】
午前 9時 原子力エネルギー 健康と環境への影響及び核不拡散問題
10時40分 福島第1原発事故 事故の経緯と医療支援※
午後 0時10分 福島第1原発事故医療支援について―日本医師会の報告※
午後 3時40分 閉会式
※は市民に公開。無料、申し込み不要
核戦争防止国際医師会議(IPPNW)
東西冷戦さなかの1980年、核兵器保有国の米ソの医師が中心となって創設した。基本理念として、放射線被曝(ひばく)の影響などについて医師の持つ知識を広め、核戦争防止を目指す。85年にノーベル平和賞を受賞。会員は80年代半ばの85カ国約20万人をピークに減少し、現在は62カ国約10万人。世界大会は2000年から隔年で開かれている。
この特集は山本堅太郎、田中美千子、増田咲子、教蓮孝匡が担当しました。
(2012年8月23日朝刊掲載)