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連載・特集

被爆地から 被災地から ヒロシマ フクシマ 心重ね2年

 東日本大震災と福島第1原発事故から、間もなく2年がたつ。福島県の人々は今なお、放射線の健康への影響におびえ、土や海の汚染に立ちすくむ。2度の原爆を体験した日本で繰り返された核被害に対し、被爆地広島はどのような支援をしてきたのか。取り組みのいまと、これからの課題を探る。(田中美千子、山本堅太郎、新本恭子、根石大輔)

「積み上げた知識と技術を役立てたい一心で」

医師ら延べ1327人 内部被曝線量 測定も

 延べ1327人―。この2年間、広島大の「緊急被ばく対策委員会」が福島県に送った医師や看護師たちの数だ。指揮するのは、広島大原爆放射線医科学研究所(原医研、広島市南区)の神谷研二所長(62)。「被爆地が積み上げた知識と技術をフクシマに役立てないと。その一心で動いてきた」と振り返る。

 原発事故で混乱を極めた現地にいち早く飛び込み、医療態勢をつくることから始めた。以来、自ら福島と広島の往復を続ける。

 福島県が進める県民の健康管理調査を現地で支えながら、広島では福島から避難してきた人の内部被曝(ひばく)線量を、広島大病院(南区)の全身測定装置(ホールボディーカウンター)を使って検査。これまで幼児を含む87人を調べた。

 走り続けた2年間。突き付けられた課題もある。現地で放射線の影響をテーマに講演を重ねたが、被災者の不安を拭いきれない。

 「何より知りたがっている事に、答えきれないから」と神谷所長。被災者がさらされるのは、長期にわたる低線量被曝や内部被曝。その影響は解明されていない部分が多い。広島大が蓄積してきた被爆についての調査研究結果を使っても、計り知れない。

 原医研は2012年度、新たなプロジェクトを立ち上げた。低線量の放射線の健康影響などに関し、全国の研究者を対象に共同研究を公募。既に14件の研究が動きだしている。

 「全国の研究者で連携し、英知を結集させたい」と神谷所長。原医研と同じく、福島県民の健康管理などに助言を続ける放射線影響研究所(南区)も研究に力を注ぐ。

 住民の安心を確保しようと研究に打ち込むのは、医師だけではない。広島大大学院工学研究院の静間清教授(63)は原子核物理学の専門家。11年9月以降、福島県南相馬市に通う。民家や川底の砂などの放射能汚染を調べるのが主な目的だ。

 水は飲めるか。野菜は食べていいか―。住民が持ってくる水や野菜の線量測定に無償で応じてきた。土壌の効果的な除染方法を探るため、放射性物質を吸収しやすい植物を土に混ぜるなど、試行錯誤も重ねる。

 「2年を経ても、フクシマは終わっていない。継続的な支援が求められている」。現場を知る静間教授は、そう力を込めた。

自治体・県警 復興支える

 広島県内の自治体は職員を福島県に送り、復興を支援する。

 広島県は震災発生から2011年度末までに住民の放射線量測定や避難所での健康観察、復旧支援で計88人を派遣。復旧支援に絞った12年度は5人に減らしたが、うち3人は年間を通じて滞在し支援に当たる。13年度も同規模を派遣する。

 県から福島県小名浜港湾建設事務所(いわき市)に派遣された見当(みとう)邦晴さん(36)と新田勉さん(41)は防波堤工事で発注業務や現場監督を担う。「工事は少しずつ進むが、被災者から『まだこんな状況か』と落胆の声も聞く。人手が足りない」と見当さん。支援の必要性を痛感する。

 県内23市町のうち18市町も11年度末までに計416人を派遣した。12年度は福山市21人▽廿日市市4人▽広島市1人。2月末時点で福山市の2人、廿日市市の1人、広島市の1人が活動する。

 県警は、ことし2月末までに延べ1593人が現地に入った。当初は行方不明者の捜索が中心だったが、2年目以降は警戒区域での検問やパトロールを続ける。

 県管区機動隊の山口英樹大隊長(50)は2年間で計10回、福島入りした。ことし1月に再訪した際、ひっくり返ったままの車や、散乱するがれきをあらためて目にした。「警戒区域内はあの時から時間が止まったまま。できる限りの支援を続けたい」と力を込めた。

「他県になかなかない機器で調べてもらえた」

避難者受け入れ

 福島県から広島県への避難者は、この2年間で425人に達した。広島県は、原発事故による内部被曝(ひばく)の検査費を全額補助している。

 原発から約50キロの福島県本宮市から、岡本真人さん(38)は、家族4人で避難してきた。広島市西区の雇用促進住宅で暮らしている。

 事故から7カ月後の2011年10月。妻久美子さん(38)、長女美空ちゃん(4)、次女千夜ちゃん(2)と一緒に、広島大病院(広島市南区)で内部被曝を調べるホールボディーカウンター検査を受けた。異常はなかった。

 1人当たり2万円の検査費は、県補助で無料だった。「他県ではなかなかない検査機器で調べてもらえた。被爆地の広島だから、こんな支援もあるのでは」。久美子さんはそう感謝している。

 放射能に追われ、着の身着のままで逃れた人も少なくない。広島県は事故後間もなく、公営住宅への無償受け入れを始め、11年末には民間の賃貸住宅にも受け皿を拡大した。

 昨年末に入居申請を締め切るまで275人が入居した。これとは別に、岡本さんのような雇用促進住宅の入居者も45人いる。

 暮らしの再建には、就労も欠かせない。広島労働局は県内の事業者に避難者対象の求人を呼び掛ける。これまで97人がハローワークに登録し、37人の就職につながった。

 福島ではフランス料理店に勤めていた真人さん。知人から紹介されいまは、中区の洋食店で働く。「広島にこれからも住み続けよう」。夫妻はそう思い始めている。

≪広島県に避難した被災者データ≫(広島県、広島労働局調べ)
                         被災11都県 うち福島
避難者                       714人   425人
(うち広島県外に出た人)           (157人) (104人)
公営住宅・民間賃貸住宅への受け入れ   389    275
(うち支援継続者)                (229)  (155)
雇用促進住宅への入居者            58     45
ハローワーク登録者               170     97
(うち就職者)                   ( 65)  ( 37)
現在のハローワーク登録者            18      9

※11都県は岩手、宮城、福島、秋田、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川
※いずれも2月28日現在

<広島から福島への主な支援>

【2011年】
 3月11日 東日本大震災が発生し、福島第1原発で事故が起こった。3月中旬にかけ広島県警、広島大、陸上自衛
        隊、放射線被曝者医療国際協力推進協議会(HICARE)などが現地派遣を始める
 4月 1日 広島大原爆放射線医科学研究所(原医研)の神谷研二所長が福島県の放射線健康リスク管理アドバイ
        ザーに就任
     2日 広島大と福島県立医科大が連携協定を締結
 5月16日 福島県立医科大で、原発周辺で活動した警察官らの診察を開始。広島大原医研教授たちが線量評価を
        担う
    27日 神谷所長、放射線影響研究所(放影研)の児玉和紀主席研究員が委員を務める福島県民健康管理調査
        検討委員会が初会合
 6月20日 広島県が福島産加工食品の風評被害をなくす手助けで放射能検査代行を開始
 7月 1日 広島大が福島第1原発に救急医常駐の救急医療室を設置
    15日 神谷所長が、福島県立医科大の副学長に就任
    28日 広島大と福島大が連携協定を締結
 8月 6日 広島市の松井一実市長は平和記念式典の平和宣言で、核の平和利用に疑問を投げ掛ける声を紹介
     8日 福島県から広島県への避難者に広島大がホールボディーカウンター検査を開始。広島県が費用負担
    12日 放影研と福島県立医科大が連携協定を締結
 9月23日 広島弁護士会は福島県から広島県への避難者に、東京電力への損害賠償請求方法を助言する説明会
        を開催
10月26日 広島大と日本赤十字社は、原発事故などの現場で医療活動をする人材育成を目指し協力協定を締結
11月20日 原発事故で延期された福島県内の統一地方選の投開票。福山市など広島県6市の選管が職員を派遣
【2012年】
 1月31日 広島県が震災避難者向けの借り上げ住宅の受付期間延長を発表
 2月 1日 廿日市市への避難者でつくる「はつかいち市わかちあいの会」が初の集い
    12日 広島から原発ゼロを訴える市民団体「さよなら原発ヒロシマの会」発足
    20日 広島大原医研が50周年を記念して、福島第1原発事故からの復興支援をテーマに国際シンポジウムを
        開催
 3月 4日 福山、尾道、三原、広島の4市を中心に被災者支援や放射能問題に取り組む12団体が交流会
 4月20日 東北や関東地方からの避難者が「命ひろ異の会」を結成し、初会合開催
 8月 6日 広島市の松井市長は平和記念式典の平和宣言で、暮らしと安全を守るためのエネルギー政策の早期確
        立を政府に要請
    26日 広島市中区での核戦争防止国際医師会議(IPPNW)世界大会は、新たなヒバクシャを出さないよう訴え
        る「ヒロシマ平和アピール」を採択して閉幕
10月 1日 広島大が新設した大学院博士課程「放射線災害復興を推進するフェニックスリーダー育成プログラム」開
        講
11月28日 福島県浪江、双葉両町の職員が広島市役所を訪問。被爆者援護の現場を視察
12月 9日 広島市の市民グループが福島県いわき市で「ふくしま紙芝居まつり」開催
    16日 原爆被害者相談員の会が原発事故の被災者支援のシンポジウム開催
【2013年】
 1月25日 広島のNPO法人ピースビルダーズが原発事故による広島への避難者の帰郷を手助けする無料講演会
        を初開催
 2月17日 復興支援を続ける広島県内の6大学の学生が支援の在り方を話し合う会合開催
 3月 2日 広島大病院が福島県南相馬市立総合病院での臨床研究プログラムを新設。第1陣の研修医2人が現地
        へ出発


(2013年3月3日朝刊掲載)

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